マスター_スダカー初登場 岩手Shanti Shanti 初心者向けWS

初心者向けWS “Let’s Begin Yoga”
& ワナカムヨガスクール定番WS ”Hip & Shoulder”

「Stiff body!」(硬い!)

サイドストレッチの見本に前に出た私の身体を見て、マスターが一言。

マスター・スダカー

ひとりひとりの身体に合わせて、丁寧に対応方法を教えてくれるマスター・スダカー。

日本のどのクラスに行っても取り入れられている、トリコナ―サナや、
一見簡単そうに見える、座位からのサイドストレッチ。

「手を伸ばして左右に身体を傾けたとき、どこに”感じる”か?」

マスターの質問を受け、何人かの生徒が脇腹のあたりを押さえて
「この辺?」とマスターの反応を見る。

…静かに手を振るマスター

・・・

マスターの答えに、

「へー!」や「そうなんだー!」など、皆、驚きの声をあげる。

マスター・スダカー

*マスター・スダカーの話に聞き入るShanti Shantiの生徒さんたち

参加していた40人の一体何人の人が、正しくサイドストレッチの方法を知っていたのだろう?

…というより、これまで日本で教わってきたサイドストレッチと、
マスター・スダカーの教えは根本的に異なっている気がするー

サイドストレッチのやり方を間違っていると、
自分でも気づかない内に肋骨にヒビが入ってしまうという。

しかし、それが単純なサイドストレッチのせいだと気付かない。

ヨガの先生は、知らないうちに、
大切な大切な生徒たちの身体を傷付けてしまっている可能性があるのだ。

「基本的なサイドストレッチの方法を知らないまま、
トリコナ―サナやパルヴリッタトリコナ―サナをとっている人はどうなってしまうと思う?」
私もいつもサイドストレッチの度に、
脇腹のあたりに突っ張ってしまう感覚があったため、

間違った認識のまま、この先何十年も練習していたかと思うと…ぞっとする。

後屈や逆転に比べて、地味で容易に見えるサイドストレッチ。

その意義と、正しい練習法を日本できちんと理解している人は
一体何人いるのだろう。

マスターが、初心者のグループクラスでは教えることはないという。

無知のままでは、生徒たちを”導く”どころか、傷付けてしまっている…

人に教える前にマスターに出会っていて、救われた気がした。

マスター・スダカー

*腰が痛い生徒さんが多かったため、腰が痛くならないような身体への意識を教わりました。

“Practicing Asana itself does NOT reach Asana,
right practice only brings you Asana.”

(アサナを練習することがアサナをもたらすのではなく、
正しい練習のみがアサナをもたらす)

マスターがいつも言う言葉。

正しい練習のみがアサナをもたらす。

マスター・スダカー

*3日後まで凄い筋肉痛だったけど、大好きな練習方法のひとつになったハヌマナーサナの練習法。

“Sthira Sukham Asanam”
(身体が安定して精神が快適であるもののみがアサナである)

マスターがいつも繰り返して言う、
マハリシパタンジャリのヨガスートラ、第2章46節にあるアサナの定義。

「マスターに出会うまで、ヨガをやったことも見たこともなくて、
アサナ(最終ポーズ)というものを知らなかったから、

ヴィアガラーサナでサイドに脚を伸ばすとか、
60度くらいの前屈で上体が曲がらないように腰から前に伸ばす、

というのがヨガだと思っていて、
ヨガを始めて1年間は、最終ポーズを知らないまま、アサナの練習をしたこともなかった」

という、ワナカムヨガスクール唯一の、
シニアティーチャーである円さんの一言が頭に浮かぶ。

「そしてある日、マスターに言われる通りに開脚していったら、
床に着いて、それがハヌマナーサナというアサナだと言われ、

そこから上体をサイドに動かし、サイド開脚で膝を折ってみろ、と言われて折ったら、
それがマンドゥーカーサナだと言われたのだけど、
アサナの名前も、一般的な難易度も知らなかったから、あまり感動はなかったんだよね」

私も含め、日本で皆がしかめっ面しながら、
どうにかアサナに到達しようとしているのを見ていると、
まるで嘘みたいな、本当の話。

これまでの”ヨガ”だと思っていたものが、マスターの教えと異なると実感している今、
マスターの教えをゼロから、身体にも心にも染み込ませていきたい。

「君たちがアサナを選ぶんじゃない、アサナが君たちを選ぶんだ」

アサナに選んでもらえるように。
私たちは、日々、マスターの教えを実践していく他、ないのだ。

でないと・・・

私たちはゴールを急ぎ足で目指すばかりに
結局は、遠回りしてしまっているー

マスター・スダカー

*ヨガの練習生なのに腕の上げ方すらままならない私たち…
間違いなく、Sukshma Vyayamaが足りません。

アサナの準備である”Sukshma Vyayama

マスターは「日本人にはこれが足りない!」と、
Vision of Yogaでも繰り返し、言っていたっけ…と思い出していたら、

やっぱり、マスターから
「日本人のヨガの練習生は、マットに立つ前の準備が欠けている」と一言。

マスター・スダカー

*一生懸命、マスター・スダカーの言葉をノートに書く生徒さんたち。

昨年、Vision of Yogaを通して初めてマスターに出会ったときに感じた

「あぁ、私には、まだ、マットの上に立つ資格すらないんだ」と思い、
愕然としたのは、あながち間違っていないのだ。

でも、そこから硬い身体を柔らかく変えてこれなかったのは、
朝、iPhoneのスヌーズ機能を使って10分置きにアラームを鳴らして起きているような
私の怠慢さ。

iPhoneが現れる前にはそんな習慣なかったと思うのに、
いつの間にか何度も目覚ましが鳴るように設定しておかないと翌朝起きられるのか、
不安になっているー

クラスの後、クラスの最初に言われた、「硬い!」の一言は、
「身体ではなく、マインドのことだよ。心の柔軟性。」と円さんが一言。

あー… 耳が痛いw

“You are the only person who can change yourself.”
(自分のみが自分を変えられる唯一の人である)

マスターがクラスの最後に一言。

マスターが自分の中に蒔いてくれた種を、日常生活の中でマットの上でも外でも、
しっかりと根を張り、頑丈な幹を伸ばしていくのは、私自身。

どんなにたくさんアサナへ向かう準備を知っていても、
どんなにたくさんの人間哲学のお話を聞いていても、

日常生活でマットの上に立つ時間を取ったり、
自分なりにマスターのお話や言葉を考えていけない限り、

結局、マスターから蒔いてもらった種から出た芽も伸びてはいかないのだ。

朝、蓮の花が開くように目が覚め、
夜、ベッドに入って5分以内に眠れるように。

マスターが蒔いてくれた種から出た芽が、
しっかりと太い幹になって伸びていきますように。

次回、マスターのクラスを受けるまで、しっかりと自分の足でヨガの道を歩いていこう。

マスター・スダカー

*みんなで「Vanakkamワナカム!」

 

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