四国ツアー2013@愛媛1日目

四国ツアー2日目は愛媛!

ヴィジョンオブヨガ生の清水美早さんと、ワナカムヨガスクールWSでは顔なじみ、ヴィジョンオブヨガ生の様な阿部佐和子さんがオーガナイズして下さったPono Yoga Studio主催の2日間に渡るWS。

今日は一日目の模様をお送りいたします!

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何故か全員立ってる写真からスタート。笑

何をしていたかというと、
部屋の中をグルグルと歩きまわりました。

そして、参加者の歩く動作を見て、
どれほど腰に負担をかけているかを説明するマスター。

毎日行っている”歩く”という動作。

さて、ここで皆さんに質問!
「歩く時に、地面に一番最初に着く場所は何処ですか?」

毎日地面を踏みしめてるはずですが、即答できましたか?

WSに参加していた生徒さん達も、しばし頭の中で想像しながら、
人によっては座ったまま足を動かして、普段どうやって歩いているのか考えていました。

毎日歩いてるはずなのに、自分のカラダに対して如何に無頓着か。

クラスの最初にマスターがこんな事を言っていました。

「肉体は神の創造物であり、とても神秘的なもの。
それを今世で借りているだけの私たちが、そのカラダを傷つける権利はない。
その大切さに、”ある”うちは気がつかない。”失って”初めて気がつくんだ」

歯も全部生え揃っている間は、何も気を留めないが、
虫歯になり治療した途端に、その歯が気になって、舌でその歯をさぐり始める。

こんな風に、私たちは失わないと、あるものの大切さに気付かないらしい。

部屋の中を実際に歩きながら、
無頓着からくるカラダへの乱雑な扱いを思い知らされました。

知らず知らずの間に傷つけていたのです。

本当はフローのはずだったクラスが、
参加者のカラダがあまりに酷使され過ぎているので、
予定を変更しヨガセラピーと化した。

セラピーと言っても、横になってリラックス~
・・とはほど遠く、そこらじゅうから唸り声が聞こえてくる、セラピークラス。

広島から駆けつけてくれた生徒さん、うずくまって唸っております。

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お茶目な唸り方に、
苦痛に顔をしかめていた生徒さんの顔も少し解れ、しばし穏やかな空気が流れる。

マスターの愛の指圧を受けていた本人は、
穏やかじゃなかったでしょうが。笑

でもこれ、健康な人は全く痛くないそうです。

そして、絶叫していた人も、歩いてみてビックリ!
「足が軽い!!!」と目を丸くして部屋中を歩いていました。

今回WSに2日間参加して下さったある女性が、
自分の体感をシェアして下さりました。

歩けない程の足の痛みを抱えてのWS参加だったそうです。

しかし、一日目のこのワーク後、
足の痛みのせいで出来ないであろうと思っていた2クラス目のフローで動けたそうです。

そして翌日のWS2日目の朝、
抱えていた足の痛みは30%程にまで軽減していた嬉しさを、
涙ながらにクラスの中で話して下さいました。

その涙から、その女性がどれ程の痛みを抱えていて、
その痛みが肉体を、そして精神までをも蝕んでいたのが伺えました。

失って初めて気付く、あるものの大切さ。

“歩く”そんな単純な動作すら困難だった状態から、
失った健康を取り戻せるかもしれない、そんな兆しが見えた喜びがそこにあったのでしょう。

これ程にまで深い「ありがとうございます」の彼女の言葉に対し
マスターは一言、

「シェアしてくれてありがとう。
でもそれも僕の力ではなくて、ヨガのお陰です。先人のヨギーに感謝して下さい」

そしてマスターは、先人達の残したヨガを、こう語りました。

「利益の為に創り出したものではないから、そこには嘘や偽りがない。
だから僕は、先人達から受け継いだヨガを自信を持って伝えられる。
僕のクラスの中に、僕自身が発明したものなど無いんです」

どこまでも謙虚なマスターの姿を、
そしてマスターのヨガに対す敬意の深さを垣間見た瞬間でした。

そして2クラス目も、
変わらず、唸り声は鳴り響いていました。

もし1クラス目で、緩めていなかったら、どんな事になっていたんでしょう。笑

“ある”ことへの有り難さ。

沢山のモノや情報に溢れた現代に生きる私たちは、
外へ外へと意識を向ける事は割と得意なのかもしれませんね。

流行の広まりかた、情報の伝達の速さ、
それに着いて行く為に、常に外にアンテナを張っている。

意図していなくても、知らぬ間にそうなってしまっているのでしょう。

そう、歩き方が瞬時に分からなかったように、
私たちは普段、いかに無意識か。

その無意識が、
知らぬ間に“ある”ものを蝕み、

そして“失って”しまって初めて意識し始める。

クラスの最後にマスターがこんな言葉を投げかけていました。

「ヨガの練習とは、失う前に気付いて正すことだ」

きっとこの言葉は、歩き方を直すとか、
そんな安易な内容を指しているのではないでしょう。

でも、毎日しているこんな単純な行為にすら気付きがなかった私たちは、
アサナの練習をする前に、ヨガスートラを読む前に、

まず、マットの外の自分の日常に目を向ける必要があるのかもしれない。

そう感じさせられた一日でした。・・ワナカム。

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