オハナスマイル 一日集中講座 2013/11/14

ヨガスタジオならではの穏やかな空気が流れる中で
”人気の理由を探る第2弾! 一日集中講座”が始まりました。

冒頭、マスターから『いくつかみなさんと約束をしたい』

leave identity  (IDを捨て去る)
don’t be shy  (恥ずかしがらない)
be free   (間違いを恐れず自由に)

参加者の中にはヨガインストラクターやヨガ歴10年以上という人もいるかもしれない。
でもこの扉の中に入ったらそんなIDを捨てて空っぽの器になること。

マスターがよく話す
『あれもこれもといっぱい詰め込んだ器には何も入らない』ということ。

ふむふむ、そうだな。
とわかったような気になって(実はすぐに全く分かってないことを思い知るのですが・・・)

いつものようにマスターのWhy?
問いかけから始まりました。

『なぜ、そうするのか?』
『なぜ、そう思うのか?』
『なぜ、できないのか?』
『そう思う理由は何か?』

質問の答えにまた質問。

いつも自問しないまま過去にとらわれて、
その過去(自分自身のこと)に何があったのか知らずして先に進むことはできない。

過去や依存はある意味自分の欠点や弱さ。

いわゆるぬるま湯(Comfort zone)から出ようとせずにいたら
今を生きているといえない。

そのぬるま湯がidentityであり、egoである。

ヨガは上級のアサナをきれいにとることでも、美容、痩身のためにすることでもなく
この自分自身の根源(ego)と向かい合うことである。

ぬるま湯から出て克服をしていくことがヨガの始まりである。

ぬるま湯にとどめておこうとするのが”mind”の仕業。

必ず自分と向き合うときに”mind”に引きずられ負けてしまう。

ヨガはその”mind”を断ち切り、”mind”に命令していくことである。

まさにヨガスートラにおけるヨガの定義
~ヨガ・チッタ・ブリッティ・ニーロダハ~

ブログ

こうして私たちの根底から覆すような、そして心に痛いような講義を終え
早速マスターフローが始まりました。

軽いウオームアップのはずが一気に体があたたまり、
そこからはマスターの指示に必死についていこうとしますが・・・・
思うように体が動かない。

合っているのかな?なんてちらりと隣を見る。

すかさず『隣を見ても間違っている!わからないふりして休まない!』

愛あるゲキが飛んだりしてフローは進みます。

マスターのフローに参加された方ならお分かりになると思いますが
最初は自分のマットから始まっていても終わるころには誰かのマットの上。

ブログ

シャバアサナを終えた私たちはどのくらいの時間だったか各自考えます。

あっという間にも感じたその日のフローはなんと2時間半を要していました。

マスターは2時間半もの間、
残念ながらみなさんは隣を見たり、マインドに引きづられていました。

集中できたのはおそらく1~2%でしょう。

でももしこの時間すべてが目的を持って集中できたなら、
人間はすごい変化すると思いませんか。

集中・ダラナは(アシュタンガヨガ八支則のダラナ)
そこに努力があって成し遂げられることです。

マスターのフローは二度と同じことを繰り返さない『一期一会』と言われています。
実際に何度か受けているフローも同じものはありません。
”フローの天才”なんて言葉も良く聞きます。それが人気のゆえんとも。

マスターはその理由をこう話します。

私は常にぬるま湯(Comfort zone)から出ようと、過去の自分を自問し、
そこから先に進もうと強い意志を持ってヨガの道を進んでいる。
だから昨日のフローと同じことを繰り返さないのです。

休憩が終わるころにマスターがチャンティングを唱え始め、
最後にはみんなで”ラマ王”にささげるチャンティングを唱えました。

ここでチャンティングを唱える理由を聞くことができました。

マスターは事前に内容を決めてWSや講義を行いません。

いつも当日、アシスタントティーチャーのまどかさんに『今日のタイトルは何?』と聞いて
その場にいる参加者に必要なもの、参加者から出た質問などから進めていきます。

マニュアルに沿った講義であれば、こんな話は絶対に聞けないでしょう。

後半は”アジャスト”という観点からアサナとは何かを進めていきます。

ブログ

数人の参加者がそれぞれの方法で
パルバダーサナム(アド・ムカ・シュワナーサナ)のアジャストをします。

ここでも『なぜ、その方法なのか?』『200時間のトレーニングで教わったから?』
とマスターから質問。

『アジャストを離しても生徒は続けられるのか?もとに戻ってしまうのになぜアジャストをするのか?』

押したり、ひっぱたりされて何となく伸びたような気分になって
ポーズが深まったような気がするのが実際のところ。

アサナは西洋的な観点の骨格や筋肉を駆使してとるものではなく、
エネルギーチャネル(ナディ)に働きかけるもの。

地球上では重力が存在し、自然と私たちは下降するようにできている。
本来のアサナはその下降する力と逆行するように上昇しようとするもの。

その下降と上昇の間に小さな結合”union”が生まれ、
これがYuj(二つのものをつなぐもの:yogaの語源)。

だからアジャストにおいても押し下げる”ということはしてはいけない

ヨガスートラのアサノの定義
~スティラ・スカム・アーサナム~ アサナとは安定していて快適なポーズである。

本質を理解せずに盲目的にアサナを練習していても意味がなく、
ましてや効能を得ることは不可能。

このことを踏まえてパスチモッタナサナをマスターのアジャストによって全員が実践します。

実践する方は思った以上にきついです。汗がだらだら。
もう無理とおもっても容赦なくアジャストによってまだ、まだ!と続きます。

今まで経験したことないくらい自分で引き上げ続けたあとにパスチモッタナサナをすると
その違いにびっくりします。

これはアジャストによって最大限努力し、
自分を超えようとしなければその違いを感じることができません。

こうして最初に根底から覆され、自問し、実践することで体感し
ヨガの本質への入口に立つきっかけとなった一日集中講座は終わりました。

まさに”プチ・ヴィジョンオブヨガ・ティーチャートレーニング”。
そしてあらためてこの学びを続けていこうと思った一日でした。

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