茨城ワークショップ 2013.10.19

お休みを利用して、ちょっと茨城まで。
マスター・スダカーのWSを受けに行って来ました。

この日は、「I love yoga.とはどういうことか?」とマスター・スダカーの問いかけから始まった。

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I ♡ YOGA なんてTシャツが作れそうな、このフレーズ、
その意味を考えてみたことがあっただろうか。

「Why?」と問いかけ、本当の意味はなんだろうと分析し始めることが、ヨガなんだよ、
とマスター・スダカーはお話を続ける。

考えない、ということは楽なのだ。
耳を閉ざし、心を閉ざし、自らの恐れや悲しみから目を背ける。
居心地のいい繭の中に閉じこもってしまう。

人は、恐怖や悲しみの中にさえ居心地のよさを見つけ出してしまうもの。
自分自身の最大の敵は自分なのかもしれない。

そして、ここから出ることを考え始めなければヨガは始まらない。
自分自身を見つめ、ありのままを受け入れる。

それは自らを愛することだ。
自分を甘やかすこととは違う。

自分自身を正しく愛することができなければ、恐怖心に打ち勝つことはできない。
そして、その恐怖の原因を他者に求めてしまう。

これでは、ヨガじゃないよね。

YOGA=UNION

他人のせいにしてたら、どうやってひとつになれるだろう。
自分が悪いと自分ばかりを責めるのも同じこと。
本来の自分は閉じ込めたまま、自分に背を向けている。
本当の問題は自分の内側にある。

そしてここから、自らをマットの上で見つめる。
私達は、マットの上でも、見たくない自分から目を背けている。
得意な練習は喜んでやる。

動かすことが気持ちいい。

では、苦手なのは?
大切な身体を痛めないために必要な身体の使い方や休め方、そういったものから目を背けている。
マスター・スダカーの指示通り身体を動かそうと思うが、思うようにならない。
それは気づかなかった部分、見ないようにしていた部分だ。

普段意識を向けることのない部位に意識を向けること。
それは、自らの内側と対話することのOn the mat バージョンに他ならない。
マットの上の身体を使った練習はヨガ哲学と一体だ。

こんな風に言うと、しかめっ面で練習しているように聞こえそうだが、決してそうではないですよ。
ゴリラポーズなんて、自然と笑顔になっちゃう。
冗談みたいだけど、Kurangasanaってアサナの名前もあるそうです。
地味にキツいポーズですが、私はこれをやると腰や肩が楽になります。

会場のみんなで一緒にゴリラポーズ。
自分のカラダとココロと向き合いながら。

それにしても、ホント!自分のカラダさえままならない。
だこらこそ、私に必要な練習なのだ。
練習の後は、あんなに疲れたはずなのにカラダが軽い。

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やるべきことをやったご褒美だね。

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