ヴィジョンオブヨガ2013@東京

〜200時間を終えて〜

前期と後期に分けられた20日間のティーチャートレーニング。

前期を終えた時点では『とんでもないものを受講してしまった・・・・』
これが正直な感想。

ヨガ指導を始めて1年弱でマスターに出会って、
その年の終わりには、ティーチャートレーニングに申し込んでいた。

2回程度のWSでさえもマスターから発せられる言葉で
すでにガツンと衝撃を受けていたけれど、
本格的にティーチャートレーニングが始まると、それは想像をはるかに超えていた。

『ヨガとは何か』
『なぜヨガをするのか』
『指導者とは』

そしてずっと自問の連続。
そう思う理由は。その言葉の意味は。
繰り返し問いただされる自分の内側。

自分のことなのに言葉にできない。
質問すらできない。

ヨガはエクササイズではない。
自分の内側を見つめ、受け入れ、どう生きていくか。

自分を知る(人間の本質)ための長い道のりであり、
アサナはそのごく一部であって、アサナの前にヤマ・二ヤマがある。

二人の講師によってその本質は色々な角度から、手法を変え語られる。
ヨガが何かを変えてくれるのではない、自分自身が変わらなければならないこと。

自分が理解していた表層的な知識と自分の内側とそして実際の実践していること
それらがすべてバラバラであることに気づかされる。

知識と言えないどこかの文章の暗記、コピー。
自分の内側には向き合わず体を酷使する練習。
『ヨガを教えている』ということの意味を正しく理解せず行ってきた指導。

今までの自分の土台が覆されていく。
でもそれは非常に大事なことだ。
土台、基礎がしっかりしたものでなければ建物は崩壊してしまうことと一緒だ。

自分を知るためのヨガは何層にも折り重なって、
そしてとても微細な部分にまで入り込んでいる。

200時間ではその入口に立ったような状態だ。
それでも最初の10日間では点だったことがその後線につながっていく瞬間がある。
これは学びの原点だ。その瞬間を積み重ね体感していく。

200時間が終わりではない。
メモしただけでは意味がない。
想うだけでは何も変わらない。

実践をしてこそ一歩が始まる。

『とんでもないもの』は私のスタートラインになった。
そして2014年、再受講を決めた。

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