アサナクリニック〜前屈&後屈〜@東京

2014年、東京で最初となるマスターのクラス。

午後には大粒の雪が舞うほどの寒いこの日、
アサナクリニックの開幕に胸を踊らせて行ってきました!

マスターは言います。

すべてのヨガの練習は、真っ白なキャンバス、
過去の経験に囚われない新しい一ページを開くためにある。

そうしてマインドをリセットすることでのみ、自分自身と向き合える。と。

これまで、何故そのアサナ・そんなポーズをするのか、
考えたこともありませんでした。

こうすることでストレッチできるとか筋力が付くとか、肉体的な効果ばかり。

もっとポーズの角度を深くしたいとか、
そこに何の意味があるのかもわからずにやっていました。

しかし、アサナひとつひとつが持つ背景を学ばずしてアサナをやる意味はないと、ワナカムヨガスクールでは、そのアサナの角度や深さを求めかっこよくするためではなく、アサナの効能を得るための練習方法を学んでいきます。

まずは後屈から。

マスターは問いかけます。何故恐怖心はあるのか?と。

私たちは、今起きた出来事を一瞬にして過去の経験と照らし合わせているのだと。
知らないこと、経験したことがない未知の世界は怖いものと感じてしまう私たちを、抹茶ラテを例に説明してくださいます。

そして後屈することで、過去と比べずにありのままを受け入れる寛容性・許容力を得られるのだ、自分自身と向き合うのだ、とマスター。

そんな内面的な効能を得られるように、
これで後屈につながるの??と思うような練習の始まりです。

いやぁ、前腿にめっちゃ気づきが~~~(;゜Д゜)!

このあと4日程、筋肉痛もとい気付きを得た喜びの雄叫びがあちこちで響き渡るほど、強烈な練習でした。しかし、その後の腰の軽さは外で舞う雪のよう!

正しい練習は身体を傷つけることなく、快適にしてくれるのです。

そして後屈最後のマスターのお話。

「私たちのこころは海でも川でもなく湖。波はないもの。
でもそこに自分で感情という石を放り込んで波を立てている。
恐怖は過去からのカルマ。打ち勝つこと。」

正に自分に向かって言われていると思いました。

言うことをきいてくれない自分の身体。
すぐに痛みから逃げたくなってしまう弱いマインド。

そんな自分に気付くことができる練習。
今はまだ辛いけれど、本当にありがたいです。

続いて前屈。

前屈を軽く見ていないか?
なんでもごめんなさいで済ませていないか?
謝っておきながら、同じ過ち・間違いを何度繰り返しているのか?

と質問攻めで始まりました。

寒いとき・怖いときに背中を丸めてしまうように、
少しでも快適に慰めを得ようとしてしまいがち。

しかしこのまま前屈しても、弱い気持ちを助長させてしまうだけ。

本来の前屈は快適ゾーンから一歩出ること
自分自身を律する、正しく生きること

後屈に続き、身に染みるお話と我を忘れる練習も続きます。

アサナがやってくる身体をつくること。
それまでの練習において快適を求めないこと。
受けれること。寛容性を増すこと。

このスタジオにいる時間がヨガではない。
「ヨガに行ってくる」のではなく、今スタジオをでるときからがヨガなのだ。

一般的な前屈のクラスでは考えられない深いお話。

今までただ前に丸まっていたことが悔やまれる程の、正しい人生のための前屈。
さぁ今からヨガをしてこようと、明日に続きます。。。。。

アサナ1

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