2014年4月 名古屋3日間連続WSに参加して

マスターが3日間も連続して名古屋でWSを開催してくださいました。
もちろん、迷いなく3日間連続で参加しました。

毎日理解の度合いが深まっていくのを感じながら最終日、4/27jountstu yogaで行われるWSへ向かう車の中で、わたしは一緒に向かう友人と自分の思考の癖について話題にしていました。
何年も前から気が付いていたけれども、さほど気にすることもなかったそれは、ただの癖に過ぎず問題だとは思っていなかったのです。

クラスが始まって、マスターがお話をはじめたらまるでそれは「マスター同じ車に乗っていたのですか?」と言いたくなるほどに、さっきまでの車中の話題の続きのようなお話でした。

「お前はだれの人生を生きているのか。」

わたしは常日頃、「正しく」実行しなければならないと思っています。
でも「正しい」とはどこからくるのか、なにをもって「正しい」と言うのか。

それはまさに、人から私がどのように見られたいと思っているのか、
わたしが物事にどう好き嫌いの判断をつけているのか、
それがよくわかる自分の癖でした。

正しいことが好き、心が落ち着く。のではなく、
世間一般からすると「正しい」といわれることをしていればひとまず安心なのです。
そうすると心が穏やかな気がするのです。

でも「正しい」とは、本当になんなのでしょう。

人の目を気にして、人からの評価を気にするあまりに自分の声は聴きもせず、世間的に足並みが揃っていればホッとして安心。本当に安心しているのか?聞こうともせず・・

マスターからヨガを教わってまだ1年足らずです。長い間間違ったことを実践していた、ヨガの練習法も、心の解釈も。でも、それが「正しい」のだと思っていた、みんながそう言うから。ヨガに効能があることすら知らなかった。知らないままいい気になって続けていたら、わたしのカラダは硬く強張っていた。

1年前マスターは、今までコップの中に溜めてきたその中身をすべて捨ててしまわないと新しいものは入れられない、空のコップを用意しなければマスターから教わることはできない。とおっしゃっていた。
長年自分自身に教え込んできた、今はしみついた癖となってまるで着心地の良い下着のようにわたしと一体化しているさまざまな癖。解ってはいるんだけどと言うところまで来たのなら手放そう。「そんなことできない」なんて言わないで自分と対話しよう。今こそきちんと「正しく」向き合おう、真剣に心の底から自分のためを思うなら痛くても、こんな時には何をしたらいいのか自分の身体と話し合おう。

今まで何を気にしていたのだろう。
誰からの評価を求めていたのか、何に反応してドキドキしていたのか。
「ヨガとは、その瞬間を生きること。」
固いうろこのような癖に気が付いて、1枚また1枚とうろこを落とすように手放していくと。その下にはふにゃっと柔らかい、なんとも恥ずかしいほどにやさしい自分がそこにいて、そんな自分を見つけたらにゃっと笑えてしまうのです。

身体ってほんとうに軽くなるんだ。
心も同様に軽くなるものなのだ。

もしかすると、これがヨガの効能!
また、マスターに教わった素晴らしい名古屋3日間でした。

じょーねつ

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