『大阪ヨガフェスタ』2014.4.12

第三回目の大阪ヨガフェスタ。
マスター・スダカーのクラスのお題は「まるごとハタヨガ」

マスターのクラスの魅力は、その独創的でハードなフローと思われがちですが、実はヨガの神髄でもある哲学の話を、分かりやすく日常に引き付けて語ってくれるところもリピーターが増える理由でもあります。

普段、趣味の一環としてヨガのスタジオに通い、ダイエットやシェイプアップに精をだしている人も、マスターのフローで汗をかこうかな、と軽い気持で参加してみたら、ヨガの奥深さに目覚めて、もっとマスターの話が聞きたいなって思うにちがいない、そんな90分なのです。

「ワナカム」(タミル語でナマステの意)
ハタヨーガとはなんですか?」マスターの質問からスタートです。

慣れているとはいえ、のっけからの質問に答えが出てこない。
思いつくのは教科書的な答えのみ。

また、マスターにダメだしされそうで、とりあえず皆の様子を伺います。

・・しばし、沈黙。

すると突然、「これこそがハタなんですよ」とマスター。
「えっ?どういうこと?」と混乱するわたしです。

(これは後でマスターに質問してわかったことですが、つまり、みんな答えをすでに心の中に持っているのに、声に出しては言わない、という状態がハタなんだそう。)

心と行動が相反しているということでしょうか?

 

ハタとは、両極ということ。
陰と陽、月と太陽、プラスとマイナス・・というような、正反対のものを象徴している。そして、ハタヨーガとは、この一見相容れないような二つの両極端なものの調和をとるもの。この文字通りの意味を自分の肉体や心、そして日常生活のいろんな場面でどう生かしていくのか?

今回のテーマ『まるごとハタヨガ』の“まるごと”の意味はハタヨガを肉体重視のヨガとしてのみ捉えがちな私たちへの問いかけでもあるのですね。ハタの持つ意味の奥深さにもっと思いを馳せて欲しい、という。

なぜ、肉体を整えることが大事なのか?なぜなら肉体は内面によって傷を負うから。それでは、内面はどのように傷つけられるのか?怒り、悲しみ、不信、失望、といったネガティブな感情から傷つけられる。では、その感情はどのようにして生まれて来るのか?

ここで、マスターの得意技、たとえ話の登場です。

会場にホワイトボードが用意されていない。そのことにマスターが怒ったとして、その怒りは誰のせいで生じたのでしょう?会場の設営係のせい?それともマスター自身のせい?

もちろん、ホワイトボードを用意する責任のようなものは、主催者の方にあるのかもしれません。しかし、そこで怒りを感じているマスターの感情の責任は、やはりマスターにある。マスターの心の中にある何かが怒りという感情を生み出した、ということです。

マスターはもちろん普段そんなことで怒ったりはしないけれど、私なら容易に起こりうるシチュエーションです。起きている状況に我慢がならず、怒りが込み上げてきて、他人を責めてしまう。

そして、その後の気分はというと、自己嫌悪、最悪です。

なぜそんなことが起きるのか?

さらに、マスターは解り易く説いてくれます。

 

私たちの心は井戸のようなもの。

例えば誰かがその井戸から水を汲もうとしてバケツを投げ入れても、水が無ければ水を汲むことはできない。

この投げ入れられたバケツが他者の言葉、行為、であり、井戸の中の水が私たちの心の中にたまった過去のさまざまな記憶であり、その記憶に喚起される感情、と考えると理解しやすい。

水がたくさんあれば、ほんの少しバケツを入れるだけで、たっぷり水が汲める。(簡単に感情が揺さぶられる)たとえ、水が少しだとしても、底のほうにバケツが触れれば、それはやはり掘り起こされて水は汲みだされる。

つまり、すべての自分の感情(怒り、悲しみ、、、)は自分の中にこそ、その原因があるのに、気づかずに他者を責めている、という状態が私たちの日常なのです。

だから、ヨガの練習生はこの井戸をできるだけ空っぽにするべく日々努力すべきなのです。

 

とても解りやすいたとえ話に、皆うなずきながらも、私たち凡人にはとても不可能に思われるミッションなのでは、と思ってしまう私です。

ちなみに、お釈迦様は空っぽの井戸の持ち主なのだとか。
バガバッド(悟った人ですからね)

 

「どうしたら水を失くすことができますか?」との声。いい質問です。
マスターは言います。

まず、その水はどこから来たのか?どうして水が溜まったのか?それを考えることから始めてみること。しっかり向き合うことで、どうしたら無くすことができるのかが解る。それは自分にしかできないこと。自分の水には自分が責任を持たなければならない、と。

 
次に、「喜び、幸福感といった感情はあってもよいのでは?」と質問です。ポジティブな感情はあっても邪魔にならないような気がします。当然の疑問ですね。
マスターは微笑みながら言いました。

やはり、それらも同じ水なのです。
喜びの陰には苦しみが、幸福の裏には不幸があるのだから、と。

なかなか理解しにくい部分ではあります。水を無くすということは、感情が無くなるということとはちがいます。感情がどこから来たのかを見極め、感情に巻き込まれない、自分自身を見失わないこと、ということなのでしょうか?

マスターのWSでいつも思い知らされること、それは自分がわかっているつもりのことが、本当は表面的なレベルにとどまっていて、自分の人生の場面において有効かつ効果的に実践できていないのではないか、ということ。

マスターはいつも、そんな見逃しがちな気づきをポーンと投げかけてくれるのです。

自分の中で生まれた質問に答えを与えられるのは自分だけ、今回もまた自分で宿題を持ち帰ります。

 

さて、お待ちかねフローの時間は?

今回はツイストを多用した背骨のエクソサイズと、ハムストリングスの緊張をほぐす“あっ”と驚く方法など、汗と笑いの溢れたフローでした。気づきのない部分に気づきを与えるマスターのフロー、使ったことのない部位の動きを強いられるため、はっきり言ってきついです。辛い顔になりそうなとき、タイミング良くジョークで笑顔にさせてくれるマスター。

スティラ スッカム アーサナムなのだ!

本質を求めよ!
自分をみつめよ!
ハタヨガが私たちに教えてくれるものをしっかりとみよ!

マスターの力強い言葉が心に残りました。

大阪yf

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