シニアヨガ TTC PartⅡを終えて

私たちが健康で幸せに生きていくために何をすべきなのか。

シニアヨガはシニア層に限らず、
全ての世代にむけたヨガ・・

“自分の身体と心との対話”を実感できるものです。

シニアヨガだから、やさしいアサナ、簡単なアサナ・・ということではなくて、とてもシンプルで理論的な手法でマスターは伝えてくれます。

本来私たちが備え持っていたものへ近づいていく。
それが、シニアヨガで学ぶことなのです。

年月を重ねゆくうちに、本来のあるべき状態・・元いた場所からどんどん遠ざかってしまっていた私たち。シニアヨガでの学ぶことは、元の場所への帰る方法なのです。そしてその先の未来を信じて進んでいくことを後押ししてくれるものなのです。

ワナカムヨガスクールで学び続けていると、常に全方向から”ヨガの本質”にアプローチをしていく必要があるのだと、毎回気づかされます。今回のシニアヨガPart①受講後、パート②を終えて、それを深く感じることができ、まさに”腑に落ちた”という3日間でした。

実践する際に、根本や本質の理解がなければ、ただのノートに書いたメモに終わってしまうこと。点をつないで線にして、それを重ねて面にしていくこと。どの方向から行っても同じ根本にたどりつくこと。

99%、99.9%理解していても1%、0.1%の疑いがあれば99%が勝ることはない。コーヒーに1滴でもミルクが入ったらもうそれは100%ブラックコーヒーではない。コーヒーミルクになってしまう。ヨガがヨガである為に私たちが学ぶべきことは、その1%、0.1%をなくすこと。

それは、自分の理解が足りないことを何度でも繰り返し落とし込むという事であり、私たちが発信するものは、そうやって自分の内側に落とし込んだものが、自然と湧き出るものであるべきなのです。

私たちが本来持っているものの中に、『リラックス』『力みがない』という身体の状態があります。ただ ”ふにゃふにゃ” といった、ゆるみっぱなしという意味ではありません。力を入れること力を抜くことが同じようにできること。

注射針を刺す時に ”力を抜いてください” と言われます。
力んでいると針が入っていきません。

それと同じでヨガのアサナもアサナに向かう練習においても、力を抜いてリラックスな状態でなければ、注射の針が入っていかないのと一緒で、何の効能も得られないのです。

“力み”いう状態は、筋肉のこわばりでもありまり、日常的な動作や生活習慣の癖もその原因となります。がしかし、メンタルがこの“こわばり”の要因となっている部分も非常に大きいのだとか。

思考による緊張やストレスは無意識に身体をこわばらせ、ナディの中に結び目のように塊をつくっていきます。それらは老廃物となりナディの流れを滞らせていきます。ナディの滞りは身体の不調に、そしてまた巡り巡って精神的な不調につながる訳です。

長年同じ痛みを抱えていると、その痛みに慣れてしまい、その痛みがあってこそ自分の身体を感じられるような、悪い錯覚にも陥っていきます。せっかく軽減してきている痛みであっても、痛みを探してしまうという行動は、また痛みを強くさせ、いつまでも治らずにそこに『痛み』として留まってしまいます。

ヨガによって痛みを増幅させたり、ケガをしたりするのではなく、また薬を表面的に塗る様な治療ではなく、痛みを生んでいる根本を探り、その原因に向きあって痛みを緩和させる。そして身体も心も柔軟になり、私たちの“元の場所”に戻れるようにする。これこそがヨガであると。

それを自らが実践し、体感することでその正しい学びを伝えていきたい。
そしてこれからも学び続けていきたい。
そう強く思う3日間でした。

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