The Practice 100時間コースを終えて

自分自身の肉体、そして内面と向き合う、本当に「濃い100時間」を過ごしました。

初めは「朝から晩まで動くのかな~」と肉体的な練習だけをするのかと思っていましたが、ヨガにおいて、肉体的な面だけで練習が出来るわけはなく、内面の練習をし、そしてその内面と共に歩んで行かなければ、肉体的な変化も何も訪れないのだということを経験した尊い時間でした。

このコースは3ヶ月に渡り、ひと月に当り週末の3日間を使って学びを深めていくコース。最初の3日間が終わると、次の3日間までの間にする課題が出されました。

イヤというほど「こってり」と「どっちゃり」と課題が出ました・・・。

課題は毎回必ず「肉体面」と「精神面」と両方についてあり、
本当に簡単なものではありませんでした。

次のセッションまで、日常の生活の中でその練習を続けていこうとするが、日常の生活の中には、練習の他にもやることが沢山あり、そして練習の他に興味をそそるような「誘惑」も沢山あり、何度も負けそうになる自分がいました。

「あ~もう練習したくない・・・」

「他にもやりたいことあるのに、
なんで私こんなに練習してるんだろう・・・?」

「こんなに練習して一体何になるんだろう・・・?」

何度もこんなふうに思いました。

日常の中で「自分の外へ向かう意識」や「疑念」というものが、いかに自分の練習の妨げになるかということがわかりました。

「内側に意識を・・・」言うのは簡単。
ヨガの先生は良く言う。私も・・・。
でも、実際にやるのは本当に大変なこと。

何が邪魔させるのか、何が外に意識を向かせるのか、逃げずに向き合うことが出来なければ、内側に意識を向けるなんて出来ないと思いました。

でも、こんなふうに、意識が外に向いた私を何度も戻してくれたものがありました。

信じてくれていたマスターの言葉。

最初のセッション3日間の最終日、マスターに挨拶に行くとマスターは私に「頑張る!」とそう言いました。その時私は「絶対に頑張ろう!」「絶対にやろう!」と決めました。

自分でやろうと決めたのに諦めたくなかった。
マスターの言葉と自分の決心が自分をまた引き戻してくれました。

マスターは私たち生徒のことを信じている。
初めから信じていてくれている。

でも、信じていないのは、いつも自分。
疑うのも自分。
裏切っているのも自分。
自分が自分自身のことを信じていなかったのだということ。

私は、ハンドスタンドや逆転系のアサナに対して苦手だという意識がありました。でも、この『The Practice』最後の3日間、そんな意識は全く無くなってしまいました。まだハンドスタンドが出来るようになったわけではありませんが、ハンドスタンドの練習が楽しくて楽しくて仕方がなかったのです。肉体的にはとてもキツイのだけれど、でも楽しいと感じました。

「出来なくても、楽しい!!」
「このバランスで遊んでる感じがなんとも言えない~っ!」

そんな風に思いました。

「今この瞬間を生きる」
これも良く聞くし・・・言うのは簡単。。

でも実際にはどういうことなのかを、身をもって経験しました。「ハンドスタンドが出来ない自分、、、でもそれに向かっていく楽しい時間=今の自分の100%」

そして先ほど「ハンドスタンドが苦手だという意識がありました」と書きましたが、正確にいうと、苦手だと思っていたことに気がつかされたのです。

ハンドスタンドの練習が「楽しい!」と感じた自分がいたとき、自分が今までハンドスタンドの練習が「嫌だな、苦手だな」と思っていた自分がいたのだと知りました。

今まではそれすら気がついていなかった・・・、
そんなネガティブな自分を知りたくなかったのかもしれない。
気がつかないように蓋をしてきてしまったのだろうと思います。

「自分にはきっと、ずっと永遠に出来ないだろう」という気持ち。
自分が自分を信じていなかった、過去の自分。

でも今、私がハンドスタンドについて思ってること。

「楽しい!」
「(練習すれば)出来るようになるかもーーーっ!!」

最後のセッションの時、気がついた変化をもう一つ。
スタミナがついたこと。

マスターのフローは相変わらずキツイけれど、前ほどバテバテにならない。
「あ~もうここで脚を下した~いっ!」と思っても下ろさない自分、諦めそうになっても諦めない自分もいて・・・、肉体的、精神的に以前よりもタフになっていました。

「僕は君たちが出来ないなんて、これっぽっちも思っていないんだ」

こんなふうに言えるマスターだから、私たち生徒が可能性を見つけ、それを見つめることが出来たのだと思います。 貴重な時間を過ごし、貴重な体験をしました。

「スゴイなあ」と思うのは、今、ここに書き連ねたことを私だけが感じているわけではないということ。この『The Practice』に参加した皆が同じように感じ、学んだということ。だからこそ、一緒に学んだ仲間を、口先だけの仲間ではなく、本当の仲間だと自信を持って言えます。自宅でのつらい練習から逃げ出したかった時、浮かんだ仲間の顔。同じ空間9日間共に励んだ仲間の存在もあって頑張れた。

ヨガを始めて6年。
マスターに初めて出会ってから、まる2年が経過した2014年5月。
私は初めて本当の意味で「ヨガの練習生」になれたように思います。

2012年の大阪で開かれた「Vision of Yoga」。
ワナカムヨガスクールのコースに始めて参加しました。

この時の私は、まだ「普段ヨガインストラクターをしている自分」として学んでいたように思います。マスターと出会い自分の教えているヨガに疑問を抱き混乱する中、「マスターから学びたい」と大阪へ行きました。でも、そこではまだその「ヨガインストラクターとしての自分」であったと思います。

「この先どうやって生徒さんに教えていけばいいのか?」という「自分の指導」の為に学んでいたのだと。もちろん「Vision of Yoga」でも、嫌というほど自分という人間と向き合うことになったのだけれど、でもまだその「ヨガインストラクター」という役割を外に一度置いて学ぶことが出来ていなかったと今は思います。

でも、この「The Practice」の100時間は違いました。
生徒として、自分の為に、自分自身の練習として受けることが出来ました。

マスターは言いました。

「本当にヨガを理解しようとしてヨガを学んでいるのか?」

「自分が教えるために学んでいるのか?」

「自分自身が本当にヨガを理解をしなければ、
人にヨガを教えることなんて出来ない」

ヨガのインストラクターというその役割をはずせないまま、ヨガをいくら学んでも理解が出来ないんだということ。ヨガを学ぶのであれば、「ヨガの練習生」でいなければいけないということ。「マスターの生徒」とか「誰々の生徒」というのではなく、「ヨガの練習生」に。

何度も何度も、聞いたこの言葉。

頭で理解するのではなく、
やっと私は本当の意味で理解が出来たように思います。

そして「ヨガの練習生」になれたことで、たくさんの敬意、尊い気持ちや感謝という気持ちでいっぱいになりました。

導いてくれる師がいることに。
一緒に涙を流し、笑う仲間にいることに。
私を見守る家族がいることに。
学ぶ環境があることに。
今まで過ごしてきた「過去」という時間があることに。

そして

「ヨガの練習生」になれた自分を本当に嬉しく思います。

ここからまた、スタートします!!

プラ

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