7 / 13 初心者クラス@浜松

ヨガは笑顔でする。

初心者向けと題目が付いたWSへ参加するのは、これが何回目になるだろう。複数回初心者向けWSへ参加しているけれど、指導者ばかりが対象ではないこのWSでは、マスターはいつも以上に丁寧に、解かりやすい小話を使って、私たちに様々な事を気づかせてくださいます。

初めての開催場所となった浜松の会場は、厳かな静けさが漂う、剣道の道場。あたりまえだけれど、そこにはエアコンがありませんでした。

風通しよく、WS当日は朝から雨でより肌寒くも感じたが、新しい空間で新しい参加の方も多く熱気に満ちてました。

広い道場いっぱいに広がったマットでは、それぞれ会話をしたり、ストレッチをしていたりして始まりの時間を迎えるための緊張感に満ちていました。

挨拶を終えたマスターは、いつも通りお話からクラスを始められましたが、なかなか参加者全体の表情の硬さはほぐれてこない様子でした。

ぼけっと無表情でうつろな目をして、口を半開きにしている私たちに。マスターは一体どんな顔をして皆がマスターの方を向いているのか、顔まねをして見せてくださいました。

そして、こう言葉を続けます。
「忙しい仕事や家庭のスケジュールを合わせて今日この場所に参加しているにもかかわらず、いったい何をしに来たのか?」はっきりとした自分の意思を示さない受け身の私たちに、何を学びに来たのかと問いました。

「みんなは、頭の中を何で満タンにしているのか?」

「一体いつもいつも、何を考えているのか?何をそんなに考える必要があるのか?今は初心者WSを受講するために、ここに座っているのに、なぜ?なにか、他に考える必要があるというの?」

私たちが今のこの瞬間を体感することよりも優先している思考、いつまでも手放さないで持ち続けているその思考、その感情がナディの結び目になる。ヨガは自分で作った結び目を解くためにやるのだと、マスターは説きます。

Yogah chittavritti nirodhah

 

なぜこう思うのか。なぜこのように考えるのか。自分の言動を客観的に見られるように出来るのがヨギなのだそうです。

本当は必要なものは、全て自分の内側に揃っているのだと。

でも、理解が浅いわたしたちは、外側に欲求や、解決を探していて、いつも落ち着かない。しかし、外側に求めるものではなく、自分の内側に存在していることに気づくことで、私達は『なぜ今世に生を受けているのか』を考えられる。そして、それに感謝することができる。

それが喜びとなり、外側に笑顔となって表れるのだと。
だからヨガは真剣な表情で眉間にしわを寄せてするものではなく、笑顔でするものなのだそうです。

マットを離れた残りの時間も、思考に縛られず、感情を垂れ流すことなく、24時間ヨガを練習して、この瞬間を大切に生きていきたい。

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