インドのアシュラムを東京で体験@オハナ

“学びの秋―東京にいながらにして本場インドのアシュラムで学ぶヨガの真髄”と題して始まった秋の東京ツアーの第1弾に参加して来ました。

今日は、ヨガ指導者向け1DAY集中講座。

一日かけて(それでも足りないけれど)、
じっくり学べる貴重な機会です。

 

クラスは参加者同士の自己紹介から始まりました。

「自己紹介はしたか?」
マスターのワークショップに行くと、何度となく耳にしたことのある質問。

でも今日、ようやくマスターの伝えんとするところが見えて来たように思いました。

 

始めて参加するクラス。
緊張した面持ちの生徒さん。

「この生徒さんに何を教えるべきか?そのアサナは?」

先の自己紹介は、ここへと繋がって行くのです。

生徒が欲しがるものではなくて、
生徒が必要とする学びを与えるのが先生の仕事。

マスターはよくそう言います。

スタジオに入って来て、ものの数分で、その日の生徒に必要なものを見抜き、その日のテーマが決まる。

その展開は鮮やかでした。

指導者目線で進められるクラスは、先生をしていない私にも、「先生とは、こんな風に生徒を見ているんだなぁ、こうやってクラスは考えられているんだなぁ」と、今まで気づかなかった視点に気づかせてくれました。

 

先の質問の「この生徒さんに何を教えるべきか?そのアサナは?」への答えから、「これは治療方針であり、処方箋なんだな。」と感じました。

生徒の状態から見立てをして、出される処方箋。

見立てが間違っていたら、処方が間違っていたら、ヨガの効能を得られないどころではなく、生徒さんを傷つけてしまうことになるのだと。

これはとても怖いこと。

ヨガの先生達は、こんな怖いことに直面しながら先生をしているのだと知りました。

生徒である私は、先生をする人の重さなど知らなくても良いことなのかもしれないけれど、指導者向けの内容はヨガの持つ深さや重みを考えさせてくれるものでありました。

 

正しくアサナを行うとは、どういうことなのか?

今日一日、Garudasanaを取り上げて学ぶ中、デモをしてくれた生徒さんの表情が、正しく行われたアサナの効能を物語っていました。

どんなに見た目に美しく、アサナの形を真似てみても、アサナの持つ意味や効能を知らなければ、正しく行うことは出来ないのだと。

全く効能が得られない、くらいならまだマシな方で、アサナが牙を向く怖さをはらんでいること。

私の心に響きました。

 

マスターがアサナの持つ意味を説明してくださるとき、私は物語を聞くように目の前にイメージが広がっていきます。

ヨガはアサナだけではないけれど、アサナひとつとっても、とてつもなく深く、もっともっとアサナのお話をききたいと、一日では時間が足りない!と、あらためて思う一日でした。

③

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