VOY京都20日間を受講して

ヨガの正しい認識と理解のないままに今まで練習してきてしまった、という後悔がまずありました。同時に、こういうことを学びたかったんだという興奮するような気持ちと師に出会えたという喜びも味わいました。

マスターは何も知らない人に教えるのは簡単だ、と言います。
私がやらなければならない作業のひ一つは、いったんリセットし、きちんと受け入れる空間を作ること。

しかしInessやMynessといったエゴたちや、溜め込んできた記憶による思い込みは想像以上に何層にも重なっていて本質を覆い隠していることに気づきました。

ヨガの練習をしていたはずなのに腹式呼吸もできない。
筋力で動こうとするからリラックスもできない。

弱いマインドが作り出す恐れという感情に支配されるパターンがあり、マインドはすぐに巧みな言い訳を作り出して快適ゾーンにとどまろうとします。

毎回そのチームごとにマスターはテーマをくださるそうですが、今回のチームのテーマは「REAL」

本質と二重性の違いを理解し自分の本質を見失わないこと。
リアルである為に過去でも未来でもなく自分のために今を生きるのです。

他者の評価を映す限り、決してRealは訪れないからです。

ヨガとは内側へ向かう旅であり、心の底から変わろうとしない限りはまた反応を繰り返し新しい知識を得ただけで終わってしまう。とはいえ、ヨガの練習生としては強い忍耐力を求められます。

ひとつのことをやり抜くためには60万もの障害物を乗り越えなければならない、のだそうです。

バガヴァッド・ギータの中に

Yogah karmasu koushalam
ヨガ カルマス カウシャラン

という一節があり「ヨガとは技術的な行為である」と訳されています。

リアル=真実はとても近くにあるはずなのに、すべき行為をせず反応で生きていると、ますます真実から遠ざかってしまうのです。

マスターが語ってくださいました。

ヨガとは深い海の奥に行くようなもの。
ビーチは気持ちいい 波の上に漂うのは楽しい
だがヨガの深さを知りたければ
砂浜にとどまるな
海に入り 海の深さを知れ
海の底は静寂で ただそこにある
しかしその感覚は 言葉では言い表せないもの
本当に望むなら 僕はそこへ連れて行ってあげられる

 

20日間の終わりからが始まりで本当のスタートだけれど、遥か前を歩きながらも、常に見守り正しい道を示してくださるマスター。そんな師に出会えたことが、かけがえのない宝です。

その教えを無駄にしないようにこれからも学び続けます。

1

 

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中