『指導者向け1day集中講座@オハナスマイル』を受講して

マスターのWSの中では数少ない指導者向けWS。

ヨガを伝える指導者はどれだけ重要で責任があるかを、
改めて感じる貴重な1日でした。

自分がヨガを正しく理解していないのに伝えてきてしまった事への罪悪感と失望。でもマスターに出会えて、正しく学ぶ道が見つかり、安心感が持てたこと…そしてヨガを辞めようか悩んだ時のことを思い出し、辞めずに今日ここに居られることを幸せに思いました。

いつものように、マスターはクラスの前にクラスの内容決めず、目の前にいる参加者に必要な事を伝えます。

今日は指導者向けということで、多くの方がインストラクターでした。

「マスターのWSに参加すると全否定されるから、WSなどに参加しないほうがいいよ」と言われた人がいると、マスターは真面目な顔で話されました。

それはどういうことなのか?なぜそう言う人が出てくるか?

私も言われたことがあるし、否定されていると受け止めた方がいるだろうと予測はつきます。日本には沢山の流派があり、どの人も自分の続けてきたヨガが信じて疑わず、素晴らしいと思ってきたことでしょう。それがマスターのWSやTTCに参加すると、「あれ?ヨガって何だろう?そうだったの?自分がやっていたことははたしてヨガだったの?習ってきたことは違ってきたの?指導者養成コースをいくつも終了していたのに…。」と数々疑問が生まれます。

それの疑問と向き合えないと、否定された・・という感覚になるのかもしれません。特に、現在指導をし責任ある立場にいる方こそ、そう捉えられてしまうことは避けられないと思います。

しかしマスターは、ヨガの流派や個人を否定したりしているのではないのです。

古代から受け継がれているヨガの教えや、アサナの捉え方やその実践方法が、本来の効能から逸脱している時は「違う」とはっきりと伝えます。

それが受講生にとって耳に痛い話でも、二度と来なくなるとしてもマスターはその姿勢を変えません。物事に白黒をつけて僕が正しいあっちが間違ってる・・と一方的に言い放つのではなく、対話形式。問い掛け、生徒自身に立ち止まらせて考えさせます。そしてマスター自身も、なぜ相手が違う考えを持っているかを考え、対話し続けたいと。

真面目に熱心に学んでいる日本の受講生が、ヨガを学ぶことに迷い、教えることに急ぎ、情報に翻弄され、養成コースを渡り歩く現実。それを変えていかなければ本来のヨガの素晴らしい効能は体験できないし、生徒さん達にヨガの効能は正しく伝わっていかないだろう。

その話姿を見ていると、そこにマスター・スダカーという個人はなく、その後ろにヨガの聖人達、そしてマスターの師たちが連なって見えてくるような・・ヨガを背負って語っているのが感じられました。本来のヨガの効能が、日本のヨガを行っている人に正しく伝わっていくことを望んでいることがひしひしと伝わってきます。

そして、質問から始まったレッスン。
レッスン前に、どんな気持ちがあったか?
今日初めて会う隣のマットの人と自己紹介をしたか?
レッスンの始まる前に自己紹介をしないのはなぜか?

「話しかけると相手の時間をとってしまい悪いのではないか?自分が迷惑ではないか?」と参加者からの答えが返ってきました。

マスターは言います。

「相手がどう思っているかわからないのに、勝手に自分で憶測し話を作り、結果、他者との壁を作っている。ヨガを伝える側がWSで隣の知らない人と挨拶ができなければ、アシュタンガの第1支則『ヤマ』の社会的規約(規律)ができていない。ヤマができていないのに、『ニヤマ』の自己的規律をどう理解していけるというのか?そんな風に、自分自身と対話ができないなければ、社会を正しく見て繋がることなどできない。」

話を聞いていて、メモを取っている自分が、いつもヨガをやっているか確認する時間となっていました。

人の前に立ち、ヨガの効能を伝えているが、本当に自分がヨガの効能を得ているのか?体験していることを伝えてきたか?

学ぶ機会の度、身の引き締まる思いです。

次の質問は、レッスン前のドキドキの緊張と、楽しみのワクワクの相反する気持ちは同時に持つことは可能か?というもの。

『緊張(怖い・不安)』と『ワクワク(楽しみな期待の気持ち)』のどちらが自分の本当の気持か分かっているか?

本当の自分の気持ちがどこにあるか?と、じっくり向かい合い分かってくると、安定してくるのだと。感情に流されず、客観的に自分を見ていくこと…まだまだ揺れ動く自分を感じます。

このお話は、緊張をどう安定させるかというとても興味深いものでした。

こうやって字にしてしまえば簡単ですが、やっぱりマスターから直接ヨガの話を聞いて、どう感じようが、自分で体験して考えることが大事だと思いました。

 

そして、レッスンは指導者の資質に入っていきます。

ヨガスートラにあるヨガを伝える者の教えのお話。

生徒と同じ目線になって、嫌われるとか、仲良くしたいとか、好かれたいの感情でなく、生徒から離れること

この『離れる』というワードにも驚き。
日本では、生徒さんに寄り添い、生徒さんの気持になって、生徒さんに合わせて・・なんてことが、よしとされている気がします。

生徒に「緊張してはだめ」「恥ずかしがらないで」というのは簡単だが、自分の緊張も取れず、リラックスもできないのに人を変えることは出来ない。生徒を快適ゾーンから引き出すのが指導者の役目だと。

その快適ゾーンから引き出すのが、時に生徒に取っては厳しいこともある。ただその厳しさは、親が子供を想い叱るように、もしくは病気の我が子を助ける為に嫌がる薬も飲まさなければいけないのと似ているような気がする。

そしてそれができるのも、自分に目が向き、感情に流されることなく、ヨガが実践できていればできること。

実際毎日ヨガを指導していく中で、生徒さんに目が向き、自分に目がいっていないことを自覚する。まずは自分から。それがわかると安定できる。

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さて!いよいよアサナの実践。

今日は「ガルダーサナ」

参加者のほとんどが正しい理解なく、なんとなく効能がありそうだと練習を続けてきたガルダーサナ。実はこれ、肉体的な効能としては腰痛に効くアサナ。ではなぜか?

肉体的・精神的・内面的そしてヨガの効能の深いところへ正しく刺激をしなければ、何の効能もない。それがわかって正しく実践すると、参加者の多くの腰痛や肩の痛みが取れていく。長年腰痛の方が正しく練習した後に見せた笑顔はとても美しかったです。

たった1つだけのアサナでも、正しく練習を行えば、いくつもアサナを行わなくてもどれだけ心も体も楽になり、ヨガの効能が得られるか…。

体験にはかなわない。

一人でも多くの指導者の方々に、そして受講生に、古典ヨガを素晴らしい効能を体験してほしいです。指導者であるからこそ、ヨガに対して謙虚に学び続け、また自分の価値観を入れずに学ぶことが大切なのだと思いました。

ヨガとしてヨガを伝えようとしているマスターの姿に心が熱くなった一日でした。そして、ヨガをヨガとして安心して学べる環境があることに感謝です。

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