京都ヴィジョンオブヨガから学んだこと

VOY再受講で快適な毎日。

一昨年までの私は、ヨガをエクササイズの1つのカテゴリーだと思っていた。

その頃のわたしは頭でっかちで、自分の考えこそが正しいのだと信じていて「謙虚」などという言葉は知らなかった。

そして「思いやり」を知っていたけれど、人を思いやりをもった事などなかったかもしれない。そのうえ、威圧的で高圧的な態度をあからさまにして、人を寄せ付けなかった!極め付きは、身勝手で、自分さえよければよかった!

書き出していけば、無限に出てくる、恥ずかしく生きづらい以前の自分の姿を、今は他人事のように眺めている。

VOYの再受講、多大な時間と費用が必要なことでしたが、マスターにもう一度行くように促していただき、迷うことなく再受講を決めました。

今まで代行を立てクラスを休むこともなく、稼いだお金はコツコツ貯金して将来に備えてきた。そんな変わりない生活を何年も繰り返してきた私は、才能や金銭的に豊かで恵まれた人を羨ましく思い、自分も人から余裕のある豊かな人間に見られたいと装うのに忙しく、よもや恥ずかしく生きづらい本当の自分がいることに気づかないふりをしていました。

申し込みをした時点で、想像する20日間の長さと、その真っ最中の20日間、そして実際の20日間を終えてからの時間の感覚は、全て違うもの。

思っているより短く、しかし体験した時間より長い・・・一体何時間、何日間学んできたのか?1年?2年?いや5年?
まるで竜宮城にでも行っていたかのように、長年自分に染みついていた自分というIDを、たったの20日間で外す準備ができる。そして、翌年再度受講することで本当に外しにかかるのです。それは、わたしにとってとても自然な現象でした。

穏やかな自分自身の内を流れる時間の感覚。
健やかで、清々しい朝を迎えられる幸せ。
本当の落ち着き。

すべては、自分の内側に元々あるもので、世の中にまことしやかにに流れる常識を鵜呑みにして、それに合わせなければと翻弄されるべきではないのです。しかし、いつだって人からどう見られるかを思考の軸にして見せかけの笑顔と、冷えて凍り付いた内面のギャップに違和感を感じながらの生活からは、なかなか本当の幸せ、自分を含め関わりのあるすべての人たちに伝染する幸せについて考える余裕など少しも持てないのです。

しかし、およそ400時間という濃密な自分について問い続けるVOYを修了した今。答えは必ず自分の内に見つけられるといった落ち着きが確かにあるのを実感できます。

それは、何ものにも代えがたい幸福で、そんな2年間を終えた今、ふっと回りを見回してみたら驚くほどたくさんの人たちが私の回りに集い、わたしに幸福をもたらしてくれていました。

目指したくて目指すのではない!
なりたい自分になるためでもない!

「アサナの方からやってくる」とマスターがおっしゃる通り、柔軟で生きやすい自分に、幸福の方からやってくる!!

長い400時間・・いやいや!たったの400時間で!
軽やかな自分に出会うことができたと感謝しています。

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