ヴィジョンオブヨガ〜自分と対話する〜

優雅に…締めくくり
自分と対話する…贅沢な 2 日間のワークショップでした。

ヨガとは◯◯である。
ヨガとはどういうものなのか、私たちがどう取り組むべきなのか、マスターは幾度も表現を変え、笑いを交え、小話や実例をあげ、様々な角度から私達に説明してくれました。
自分の内側を見つめる、そのつもりで、ここに来たはずなのに、考えるだけで、なんとも言えない感情が沸き起こります。
胸の奥の方で、なんだろう、モヤモヤと不安とも怖さともつかぬ思い。
こんな風に、自分を表現する言葉を持たない時、私達は見つめるべき対象から逃げてしまうのだと、
マスターはおっしゃいました。

マスターのお話を聞き、一人で考え、参加者達とシェアし、私達は自分の言葉を探す作業に取り組みました。
それが、今の私達に必要なことだと、マスターが判断したからです。
自分の内側に溜め込んでいるうちに膨れ上がったそれは、表現する言葉を持ち、モヤモヤの正体がわかれば、何のことはない「幽霊の正体見たり枯れ尾花」くらいのことなのかもしれません。

外側の、目に見えるものは意識しやすいものです。
急な来客ともなれば、押し入れの中に放り込んででも、取り敢えず見えるところくらいは綺麗にします。
私の心の中もそんな「押し入れ」になってはいないだろうか?
自分でしまい込んだはずのものなのに、年月が経つうちに、何を放り込んだかも忘れ、正体がわからなくなってしまっているのではないかしら。
そして、押し入れを開けてみることすら怖くなる。藤沢1
一日の最後には、そんな怖がりの私達のためのフローをマスターは用意してくれました。
フローに組み込まれていたのは、初めて見るアサナ。
一見何でもなさそうなアサナが、教えていただいたポイントを踏まえ、正しく行おうとすると、とてもキツく難しい。
「優雅に!」と声がかかるけど、笑っちゃうくらい優雅からは程遠い私。
後から、そのアサナの持つ効能を伺って、あのフローはマスターから私達へのエールだったのかもしれないなぁと思いました。
アサナを行う前の準備が必要なように、内側を見つめるための準備が必要な私達のためのフロー。
ヨガには正しい理解と実践のふたつの側面がある、と以前マスター・スダカーがおっしゃっていました。

ヨガは経験するものだとも。

自分が怖がっているものの正体を理解し、取り出し手放す。

肉体への痛みを伴う気づきとも向き合って、その向こう側の軽さを体験する。
そうして得た経験は、次に向かい合うべき自分に、「経験したことあるよね。」と自信を持たせてくれる。
これを繰り返すうちに、ヨガは自分に自信を与える助けとなってくれるのだろう、自分を信じることが出来るようになっていくのだろう。
大丈夫、出来るよ、と自分に声をかけよう、そう思った藤沢の 2 日間でした。

藤沢2

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