大阪WSを受講して

フローのクラスでも、マスターはしっかりと始めにお話をしてくださる。まず、マンダラの意味。

マンダラ=パリプールナ。完全な、完成していること。

そして「ヨガを練習している人とはどういう人か?」という質問からスタート。ペアになって意見をシェアしていく。体も心も柔軟、全てを受け入れている、強い心を持っている、などなど…出てくる答えは、間違いではないが、抽象的で具体的ではない。確かに美しい答えなのだが…ここで、マスターがひとつの小話を。

ある若いカップルは、2人でいてもスマートフォンなどでSNSと繋がろうとして、目の前にいる相手と繋がろうとしない。相手に不平不満がある。けれど、公園で見かけた70代の老夫婦は、たくさん喋って幸せそうである。それがどうしてか質問してみると、、夫は「彼女の全てを受け入れているからだよ」妻は「彼の好きなところと同じように、好きではないところも愛して受け入れているからよ」との答え。

この、“嫌いなところも好きなところと同じように受け入れる”努力を、これから毎日5分間でも続けること。それがマンダラ=完全である、に近づいていくことだ。そしてそれが、ヨガを練習している、ということである。

感情にのみこまれたとき、他者とだけではなく自己とのコミュニケーションも失くしてしまう。対話していくこと。これが大切。好きなところを愛するのは簡単。好きではないところも同じように受け入れ愛すること。それがどんなに大変か、WSから戻ってすぐ気づいてしまった。けれど、自分に言い訳せず続けるだけなのだ。

そういったお話をふまえた上で、フローへ。ただ、フローというよりも、マンダラの練習法の解説、実践といった内容。ここでも、苦手な練習を受け入れられていない自分に気づかされる。

午後は、ハタヨガ基礎講座。ヨガスクールには大きく分けて2種類あるそうだ。ニヤーナヨガに重きを置いている、パタンジャリヨガスクールと、アサナなどアシュタンガヨガを大切にする、ハタヨガスクール。(前者は、mind→body、後者はbody→mind

では、私たちはなぜハタヨガを始めたのか?その理由は?リラックスしたい、その方法を知りたい、と始めたはずなのにしばらくすると忘れてしまっている。ヨガスタジオ内でも日常生活と同じように、競争したり、比較したりしてしまうことによって。

アサナの語源は座る、であることは知っているのに、そこでリラックスすることを忘れてしまう。体にあるのに、気づきのないところに気づきをもっていくことで、リラックスがやってくる。私たちは、リラックスするために正しい練習をしなければいけない。

そして、実践。参加者からのリクエストで、前屈。今まで何年も、前屈をすると腰に痛みがあった男性が、マスターに教わったワークを数分間しただけで、あれ??痛みがない??と不思議そうな表情。マスターのいろんなワークショップでこの光景を目にしてきたけれど、人って、“そこにあるはずの痛み”がなくなると、探してしまうものなのだなあと。そこに痛みを抱えてきた時間が長ければ長いほど、にわかには信じられないのだろうけど、これが正しいヨガの効能なのだと、毎回感動する。

そして最後の一時間でまた少しフローを。毎回マスターのWSに参加すると、“ああ、気持ちよかった、癒された~”みたいな、お手軽な言葉では言い表せないほどの気持ちになる。苦しい、しんどい、自分が情けない、と感じることも多い時間。だけどそれを受け入れて対話し始める、ことを改めて教えられるのだ。

いかに私たちが日常で対話することから逃げているか、に気づくこと。いつでも短所も長所と同じように受け入れられるように、毎日対話し続けようと思う。大阪3

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