ホームプラクティスのススメ①を再受講しました

ホームプラクティスのススメ①に二度目の参加をして来ました。

一度めの参加の時は、「お家での練習方法を教えてもらえるんだわ〜。」とそれはもう単純に考えての参加でした。

ここで私が想像していたのは、練習=体。

「ヨガの練習とは肉体に終始するものではない。」と日頃言われてるし、自分でもそう言ってるのに、です。

そんな私の心を見透かすように、マスター・スダカーは「ホームとは何か?」と問いかけました。

今回は、ちょっとばかり心の準備をして、というか、どこから来るか?と楽しみにしながらの参加。

二度目の“ホームプラクティスのススメ①”も、やはり予想外の方向からスタートで、「プラクティスとは何か?」と問われることから始まりました。

皆と自分の考えをシェアしていくと、“プラクティス”像が浮かび上がってきました。

「プラクティス」の言葉からは、目標に向かう姿がイメージされました。

「ではヨガのプラクティスとは?」と重ねて質問が。

え?ヨガだって、最終到達点を目指して頑張るんじゃないの???

目の前の質問ですぐに頭がいっぱいなってしまう私は、根本を忘れてました。

なぜヨガなのか?健康法なら、ちまたにいくらでもある中、なぜヨガを選んだのかしら?ヨガとは何?

ここを見誤っては目的地にはつけないのですね。そう考えると、「Practice」の意味も自ずと見え始めるはずなのに。答えはとってもシンプルなもの。

ヨガのプラクティスとは、己も他者も傷つけることがないもの。そう、マスター・スダカーはおっしゃいました。

この“己”とは、本当の自分。

努力して目標に到達し、本当の自分は幸せを得るだろうか?一時の満足を得て次の目標を生み出す、を繰り返すことは、それは手にしても手にしても満ち足りることのない「飢え」のようなものではないのだろうか?満ち足りることを知っていたら、次から次へと、外に目的を見出す必要はないのではないか。

ああなりたい、こうなりたいと、尽きることのない欲求。

お家でするからホームプラクティスなのでもなく、マットの上で身体を動かせばいいのでもない、ヨガの基本。

ヤマニヤマ、この基本なくして一歩も前に進めないのだなぁ、と改めて気づかされました。

内面的に、感情的に、知的に、己の問題を分析することから始まるプラクティス。日々の行動や心の動きを、こんなに丁寧に見つめ考えることを普段からしていない私たちとって、問題を洗い出し仕分けすることすら難しい。

Practiceとは何か?」

この一つの問いから、連想ゲームのように膨らんでいき、気づけば基本に立ち返る、マスター・スダカーならではのクラスでした。hp3

ホームプラクティス実践編では、「10分座る」「シンマーサナ」「ヴィナーヤガシュッディ」に始まり、肩、首、腰の痛みを抱えた身体をリセットする練習や、日々の生活から来る習慣やクセへの対処法を教えていただきました。

こうしたクセや痛みのある身体をリセットして初めて次の段階の練習へと進める身体になるのですね。

次回の“ホームプラクティスのススメ②”までの課題をいただきました。

どう練習していったらいいんだろう?

そんな風に感じたら、ぜひ参加してほしいと思う、おススメのクラスです。hp2

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