VOY京都継続学習3日間を受講して

昨年のVOY京都から5ヵ月後の、待ちに待った継続学習。今回もとても学のび深い3日間となりました。

VOYが修了してからの自分の中の大きな変化といえば、囚われが少なくなってきたと思えること。

常に安らぎが心に満ちているようになったこと。そして痛みがなくなってきたこと。

思い起こせば、昨年、心も身体もガチガチだった初めてのヴィジョンオブヨガ。

深遠なるヨガの叡智を目の前に、眠っていた魂がみるみる開かれていった。

 

こんな人が世の中にいるのか・・・と、マスター、ドクターマドヴァン、まどかさんの存在を目のあたりにし、世界がどんどん広がっていった。

蓋をしていた見たくない自分を初めて、「見つめる」ということを教わり、苦しくもあったが、楽しい20日間だった。

VOY修了後、ヨガのことはこれっぽっちも知らなかったことを思い知らされ、やっとスタートラインに立てた気がして、これからが本当の学びなんだと、ただただ畏敬の念が増すばかり。

宿題のプラクティスもまともにできず、身体は痛いところだらけで、痛みを感じるたびに涙が溢れ、泣きながらプラクティスを行う日々。

身体もちっとも変わらないように思え、本当に自分は変われるのか・・・ときどき疑いが頭をよぎり、自分を信じられなくなる。

そのたびに、マスターが言ってくださった「あきらめないで、自分を信じて続けて」との言葉を思い出し、自分を信じられなくても、マスターを信じようと、疑いを退けた。

そしてまどかさんの、常にマスターに寄り添い信頼し心からサポートしておられる明るい姿に、信じることの勇気をいつもいただいていた。

自分を見つめる作業はとてつもなく孤独だ。この孤独が永遠に続くのではないかと思える時もある。

でも、マスター、まどかさんの存在が、いつも心の片隅にあり、励みとなり勇気となり指針となっている。

自分自身で問題に向き合い、自分の足で自ら歩いていくために・・・

自分自身で光を見出し自ら歩いていけるよう、その方法をマスターは常に私たちに指し示してくださっている。

ただそれだけなのだ。

それをどのように受け取り、実践していくかは、私たち次第。

マスターが何とかしてくれるわけじゃない。

その時の私たちに必要な学びを感じ取り、噛み砕いて時に厳しく指摘してくださる。

「悲劇のヒロインにならないこと」

「問題に巻き込まれないこと」

育った環境からなのか、過去生からのカルマなのか・・・、

自分に起こる出来事をどのように受け取るか、気をつけていてもいつの間にか巻き込まれ、自分自身を見失う。

そんな気づいていない私たちの暗闇にマスターは光を当て、照らしてくださる。

しかし、光を照らしていただいても、そこから抜け出そうとするのは私たち自身にしかできないことだ。

教えを日常の実生活に照らし合わせ、「なるほど~、こういうことだったのか・・・」という内なる体験を日々繰り返していかない限り、教えは真に生きてこない。namiko1

マスターの在り方から、常に言葉にならない教えを肌で感じる。

今回も体調のすぐれない中、どのように私たちに接してくださっているか、マスターが伝えようとしていることをまざまざと目のあたりにする。

真の教えとは、言葉にできないものなんだ。

肌で、心の奥深くで感じるものなんだ。

自分の中にある囚われを外さない限り、私たちに必要な教えも入ってこない。

まだまだ、囚われを外す作業の段階である私たち。

自分で自分を信じられなくなっても、マスターが私たちを信じてくださっている。

なぜなら、マスターもきっと同じ道を通ってきたはずなのだから。

内側の恐怖心に負けることなく、自分自身を見つめ続ける勇気を持とう・・。

「ナイフは怖いけど、ナイフを持つ手のあなたは怖くない・・・」

「あなた」という「大いなる存在」に身をゆだねることを忘れないで・・・

今回は、VOY京都で学んだことから、咀嚼できていないことや理解が足りていないところを、私たちから質問をするという機会に恵まれた。

自ら疑問を持ったところを理解しようとすることはとても有意義な試みだった。

もっと踏み込んだAUMの持つ意味、効能。

ヨガの効能が及ぼす6つの側面の理解へのヒント、氷と氷水に例えたマナセとマインドの関係。

BhagavadGitaのSamatvamyogahuchyateと照らし合わせた、マナセとマインドの関係。

ヨガの語源であるYujyateanenaitiyogahについての理解。

ブッディとチッタ、マナセとの関係。

シャンティはなぜ3回唱えるのか、その持つ意味とは。

人間の持つ基本的な3つの欲について。

人間を、いえ私たち自身を理解するための深遠なる叡智。

ああ、どれもみな、もっと知りたくなるもっと聞いていたい内容で、3日間では本当に学び足りない。

そして、マウナ・ヴィラダムという宿題を授かる。

そして実践する。

一日、自分の魂と向き合うために。

またここでも新たな気づきがやってきた。

こんな機会を授けてくださったマスターとまどかさんに心からの感謝を申し上げます。

そして、ともに学び続ける仲間たちにも。

仮面を取り外し、自分の醜い部分もさらけ出せるようなそんな仲間でいられるように。

それから、あなたたちがいてくれるからこそ学ぶことができる、サポートしてくれる大事な家族、友人たちにも心から感謝を・・・。namiko2

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