自分のことに気づきをもてた日々

VOYの全期間が終わり10日以上が経ちましたが、色々なことが頭に浮かびまとめることが難しいです・・・

まず前期10日間は、アサナやブランマムグルタでの起床、ヨガ哲学、マスターのお話、その日にあったことを体験し宿題として実行するのが精一杯で冷静に自分を見ることは出来なかった。ただ受け取ってこなすだけの毎日だった。

前期終了後、後期が始まるまでの間もフローの練習、勉強会などしても、見えてくるのはうまく出来ない、もっと体がこうなればなどのアサナへの関心ばかりが頭を占めストレッチをしすぎてハムストリングや膝を痛めてしまった。

後期1日目、待ちに待ったけど緊張気味にスタート。みんなの顔が見れて嬉しいしほっとする。マスターのお話、’反応’’行動’、’対応’は後期のテーマでもあり最初は冷静に聞くことが出来た。まるで他人事のように。

日が経過し仲間とアサナや哲学の勉強をしながら時に悩みや言いにくいことを話して、私がはっきりとわかったのは、自分が’反応’してばかりの人間だったことに気づいたことで、そのことで他者をどれだけ傷つけてしまっていたかということ。

それが相手の為を思っての発言だということを信じ、良いことをしていると思い込み、意見を押し付け、まるで会話で勝負でもするかの様に言葉で負かしてやろうといきり立つ自分がいた。

どうして凶暴な自分が瞬間的にてくるのか自分でも分からなかったから探ってみた。

子供のころに起因するのだが、親は私の話や意見を聞いてくれなかった。目を合わせてしゃべった記憶もほとんど無く、一時は同居もしていなかった。それは商売していて忙しかったのが原因なので、今は事情も理解出来るから、それを自分がが引きずっているとも思わなかった。

ただそのころ言いたくても言えなかった言葉が大人になった自分の中から言葉の暴力をする人となって現れてくるのだ。

「私を分かって。何でこんなことが理解できないの」と。

自分が別人格を持っているようでとても怖いし、反省しているし、もうしたくない。

円さんがおっしゃっていた15秒考えて発言する、、私にはとても難しいけれども実行していきたい。つなこ2

もうひとつは、涙を流したくないとも思った。話を聞きChittaから記憶を呼び出して、比べて’反応’し、そうだそうだ涙が勝手に出る。こんなシーンを何度体験したことか。そんな心の波立ちを抑えたい。涙なんてする必要は無いのだ。

ただ眺めるのみ。出来事に心引き寄せられすぎないように、昇ったり急下降しすぎ無いように、を鍛えたい。そのようなものの捕らえ方が出来る人間になりたい。反応ではなく、対応できる人間になれるように。

アサナの練習も続けよう。体の硬さや伸びのなさ、それは私が何年もかかって作りあげたものなのだから。ほどいてあげたいし健康で長持ちするよういたわってあげたい。体に痛みを抱えている人の助けもしたい。

後期10日間は、微少ながら自分のことに気づきをもてた日々でした。それは個人的な勉強では得られない、色々な人が集まったVOY2015東京メンバーと一緒だったからだとも言えるし、もちろんマスター、円さんの導きによりでもあります。

TeamDarshanamのメンバ、マスター、円さん心からお礼申し上げます。

参加できて本当に良かったです

そしてこの学びが仲間とともに続くことにわくわくするし、心強くもあります。

VOYの先輩がおっしゃっていた「進む方向は間違っていないのだから、ゆっくりやっていこう」の言葉に力が沸く今です。つなこ1

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