長野安曇野WS

7月中旬、前日はとても涼しく清々しさを感じた長野。

ところが、W.S当日はそんな涼しさも吹き飛ぶ真夏日より。

そんな中、スタジオポコスタさんが用意してくれた美味しいランチ休憩をはさみながら、40名近い参加者と共に、熱いマスター・スダカーのヴィアガラーサナ入門が執り行われました。

ヴィアガラーサナ=虎のポーズ

インドから西欧を経由して日本に入ってきた時にはすでに「猫のポーズ」に差し替えられ、W.S冒頭に「虎のポーズです」と聞いてはいても、参加者からの質問では「猫のポーズについてですが…」(笑)と勝手に口から出てしまうくらい私たちのマインドに浸透している。

「猫でなく虎なのだ」と聞くだけでも、みな一様に「お~」という感じで興味津々、本来あるべき姿のヨガに引き込まれていきます。

ヴィアガラーサナというポーズからどんな効能が得られるのか。

それは「執着からの解放」そして「強い決断」だとマスターはいいます。

それを「ヴァイライギャ」といいます。

日々、私たちは自分自身でルールを作り出し、そのルールにがんじがらめになってはいないだろうか。

そんな自分で作り出しているルールによって、一番傷つくのは一体誰なのか・・・

それは、他の誰でもなく自分自身なのだ、とマスターはいいます。11703058_10206960101058972_8004606630818901791_n

そのルールに当てはめようと日々を過ごしている限り、そこには必ず期待が生まれ、それが叶わないことで失望に変わっていくのだと。

こうでなくてはいけないとか

こうするものではないとか・・・

自分で設定したルールによって自分自身が傷ついていく・・

私たちが育った、教育を受けた環境とはある意味全く異なる考え方。

子どものころから私たちは、いろんなルールを設定することを教えられ、そのルールを守りながら何かをしてきました。

たとえば、学校ではテストでは良い点数をたらなければいけない・・・社会に出たら会社の売り上げを上げなければいけない・・・、子どもができたら良い子どもに育てなければいけない・・・などなど、時に力づくでそのルールを守ろうとしたり・・・。

そんな風に生きてきたことにより、知らず知らずのうちに、深く考えることもなく自分自身でルールを作り出し、どれだけ自分自身をそのルールに当てはめようとしていたのだろうかと、マスターの話から改めて気づかされます。

常に自分が満ち足りた気持でいられることが本当の幸せであるはずなのに、自分で作り出したルールから外れたときに、たちまち満ち足りた気持ちはなくなってしまう。

ルールに沿った時だけ満ち足りた気持ちでいられるというのは、果たして本当に幸せだと言えるのだろうか。

なぜそのルールが必要なのか・・・

私たちは何を求めているのか・・・

そのルールによって一体何が得られるのだろうか・・・10403685_10206960169420681_1310472279310530251_n

私たちは「ヨガに対して何を求めているのかも知らずにヨガをしている」とマスターはいいます。

ヨガをして何か変わったのか。

力づくで何かをしようとしても、そこに理解がない限り何も変わらないのだ、と。

「自分自身で作り出したルール」が「執着」であり、その「ルールを破ること」が「決断」であるのですね。

1日1個、自分で作っているルールを見つけ、はずしていく。

それも、力づくでするのではなく、卵の殻をむくように少しずつ少しずつ破っていく・・・。

ものごとを見るとき、私たちには「3つの見方」というものがあるといいます。

・マインドでみる

・ハートでみる

・ありのままをみる

本来あるべき、「ありのままをみる」という見方に変えていかない限り、私たちはヨガをしながらも、アサナによって苦しみが生まれ、結局は何の効能も得られないのだと。

アサナをすることに、何の計算も入れないこと。

アサナをアサナとしてとらえること。

日々の私たちの思考が変わらない限り、アサナがアサナとして生きてくることはないのだと。

自分自身で作り出したルールを破っていくことが、「ありのままを見る」ということにつながっていくのです。

マスターのお話は、日を追うごとにだんだんと自分の中で日常につながっていき、数日後に「このことだったのか~」と霧が晴れたように澄み渡る瞬間があります。

今回も数日後に様々な気づきがやってきて、生きることがまた一段と楽しくなってくる。

ヴィジョンオブヨガ20日間コースを修了した後も、こうやって継続して単発のW.Sを受けることで、自分の中の気づいていなかった玉ねぎの皮が、ひとつまたひとつとむけていく・・

これですべて理解した、ということは人生においては決してあり得ないのだと、改めて思わされたW.S。

自分というものを紐解いていくことの楽しさ、苦しみの中にある平穏の境地をまた垣間見ることのできた、深い学びの時間。

ヨガというものの奥深さを、自分の人生をこんなにも豊かにしてくれるマスター・スダカーの教え。

まだまだこれからも、一生学びが続くことに至福の喜びさえ感じるようになってきました。11659408_10206960374385805_2583644074461400266_n

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