ヴィジョンオブヨガを受講して~2015広島~⑮

VOY二度目の受講となりました。一度目のVOY受講時は右も左もわからない状態で、なぜかマスターと目を合わせられず、マスターと相対するのが怖くて側に寄ることもできませんでした。当時はそんな私がまさか再受講することになるとは夢にも思わなかったのですが…。けれども一度目のVOYが終わる頃にはマスターのことは自然と怖くなくなり、目も合わせられるようになり、何よりもマスターの私達に対する深い愛を知り心が震えました。

なぜあんなにマスターが怖かったのか…。それはマスターを通して本当の自分を知るのが怖かったからでした。VOYで本当の自分を知ることを教わり、世界が今までと違って見えるようになりました。視点が変わったのです。

修了後は、自分の変化はもちろん、家族や周囲との関わりも段々と良いものに変わっていきました。いつの間にか再受講は私にとってなくてはならないものとなり、必然となりました。

そして二度目の今回は、一度目のVOYで崩れた土台を、正しく築き上げる作業のようでもありました。

テーマはコミュニケーション。あらゆる関係性においての基礎であり、どんな関係性においてもコミュニケーションなしでは成り立たないとマスターは言います。コミュニケーションには、内側のものと外側のものと二通りあり、内側が自分との、外側が社会とのこと。

生きている限り、私達にとって社会との関わりは避けることの出来ないものであり、社会の一員でありながら、自分を社会の中で表現していくために、自身とのコミュニケーションも避けられないものです。

ヨガには、二つのものを結びつけるという意味があります。今回のVOY広島においては、自分と社会というものをコミュニケーションによって擦り合わせていく…そういった意味も含まれていたのではないかと思います。

内と外とを分けている境界線をコミュニケーションによって取り除き、自分自身と社会との違いを無くしていくこと。それが、samatvam yogah uchyate ヨガとは心の平穏である(バガヴァットギーター/Ⅱ48)

私達は他者との間に違いを見つけ、知らず知らずの間に境界線を引き、というものを確立してきました。私は~だからとか、あの人は~だからとか。ましてや、それが良いことだと思い込んでいます。

しかしヨガを学ぶということは、あなたと私の間には何の違いもないということを知ることでもあると思います。なぜなら、私達の中にあるものと同じものが他者の中にも流れているからです。このVOYで学ぶ全てのことは、ヨガを通して私達がどう生きるか…ということに限ります。

マハリシパタンジャリによるアシュタンガヨガの八支則にヤマ、ニヤマがあるのは、より良い人間になるためなのです。アーサナのためにヨガがあるのではないのです。ヨガを教える立場であるのなら、そういったことを伝えていくべきなのです。

そういったすべてを私達の日常に置き換え、繋げて教えることの出来るヨガマスターが今世界にどれだけいらっしゃるのでしょう。ヨガ本でいくら知識を増やせても、それを実際にどのよう実践していくのかは残念ながら学ぶことはできません。以前の私は、本によってそういった知識を得ることはありましたが、ではそれをどうやって実践していけば良いのかがわからず、自分を変えたくても変われませんでした。このVOYで初めて、そのやり方を教えて頂き、初めて変わってきたのです。

ワナカムヨガスクールの設立者であるヨガマスターと同じ時代に生まれ、奇跡的にも出会うことができること、教えを受けることのできること、一人でも多くの方にこの時代に体験して欲しいと心から思います。
門戸は誰に対しても開かれています。是非、ヴィジョンオブヨガへお越しください。あなたの求めていた答えがきっと見つかります。nami

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