ヴィジョンオブヨガを受講して~2015広島~⑤

今回昨年の京都から引き続き2回目のヴィジョンオブヨガの受講となりました。

自分達の特徴がチームMILKとい名前であり『コミュニケーション』というテーマになっているとつくづく痛感しました。(京都はCOW(牛)というチームでした)

ミルクを出す母牛というのは自分以外の命をお腹の中で育てたという事実があり、また出産したという事実があるからこそ、ミルクが出るわけで・・。

そしてミルクを出すという事こそが体内の対話であり、母と子の対話であり、ミルクを飲んで育つのは牛であり、ミルクを飲めないと牛として育つ事が出来ない。

そんな風にこの京都から続いている自分のYOGAとの関わりを振り返りました。

YOGAというのは、生き方であり、生かされている命を強く生き続ける事。それを学んでいます。

京都の頃は、お腹を固めている事がコルセットを巻くように腰を支えると勘違いをしており、一度癖づいた体の使い方をなかなか手放す事が出来ずに居ました。日常的に呼吸が浅く自分自身を心底受け入れる事が出来ていない状態でだからこそ拘りが強くギックリ腰を多発していました。

マスターの伝えようとする古典のYOGA、先人の智慧に出会い正しく身体を使い、物事を見る事を教わっています。

今までの思考パターンを変える事、ただただそれを本当に理解しているならば日常の様々な場面で振り回される事や人生について悩んでいないだろうしYOGAと出会っていないだろう。

正しく理解する事それは頭で覚えるだけではないし、思考し続ける事でもな体験する事である。そうする事で今を生きる事とはどういう事なのか?ありのままとは?につながる。

よくYOGAのクラスで耳にする『今この瞬間を感じる』この言葉をどの位の体験を通して言っているのかは分からないけれどYOGA知れば知るほど言葉になどならない。

でもそんな時にマスターはあえて、表現方法を学びなさいと。言葉に出来ないのもまた、理解していないのだと。

知的な好奇心を満足させるコレクターではなく、得たモノを自分の中で消化し吸収できたのならば、身になる。その実を渡しなさいと。

それが正しく理解している事。与えた実を得た人が育つのであれば栄養が詰まった中身のある実であり、育たないという事は形だけの実であるという事。

周りの人達を引き上げる為にまず自分自身の内側に取り込んだモノを消化し吸収するというコミュニケーションを大切に、知覚する事。その気づきを意識的に繰りかえす事で、過去のパターンに振り回されないという事。

過去をいつも基準にして生きたいというEGOは執着でしかなく、また過去の体験を通して物事を見ている限り何も見ていない。集中して知覚する事で毎回が新しい体験なのだと。

体験こそがYOGAだと思う。頭の中で理解していたつもりでも、身体の感覚を通して過去と繋がるという事も体験した。それはマットの中の練習であり、マットなしの練習であり、日常の全ての物の見え方が変わるという事であり、進む方向を決めたのなら、進み続ける事。

その継続力は本当に心から本来の自己の愛となる事を求め望む人にしか現れないのだと思う。自分の物の見方が偏っていたのにも拘らず、そして現実を洞察する事にメゲソウになる時に、マスターは何回も根気強く導いてくれます。

そして、君はまだ生まれたばかりなのだから学びなさいと。学ぶことの有難さが実に沁み込みます。sanae

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