ヴィジョンオブヨガを受講して~2015広島~⑬

過去にとらわれている時、今この一瞬を生きていない。この瞬間を過ごせばこわいことはない。

過去にこわいことがあったという過去完了形にすること。変えられるのは今現在の想像力。

想像力は視点を高め、視野を大きくするもの。もっとも、こわいというのは所詮自分の想像力にすぎない。

いかに苦しみの種を自分で蒔いているか。

マスターのこの言葉にハッとし私は生まれて初めて自分と向き合い始めた。そして自分の人生にずっと影を落としていたものにやっと気がついた。

それはずっと許せなかった義母。握りしめる憎しみをゆっくりと離し、素直な気持ちになり、涙ながらごめんなさいありがとうが言えた。義母は「息子に合う、いいお嫁さんが来たと思っていたのよ」と思いがけない言葉を発した。

15年もの間、思い込みから苦しみの種を蒔いていたのはまさに自分だったと愕然とし止まらなかった。なんとも言えない心温かい穏やかな気持ちが訪れた。

ヨガはエクササイズではない、こういう心の平穏をもたらすものなのである、と心底実感し、ヨガを信じたいと強く思った。

そして、まずは自分自身との対話がいかに大事かを学び始めた。肉体の外側から、思考やハートの内面から、ヨガ哲学からとマスターの対話のアプローチは多岐に渡り、頭と身体を四苦八苦させながらも、まず自分自身がありとあらゆる障害物を流すことが今とても大事だと知った。

中期、私は前期の学びを少しでもと、実生活の視点を少しずつチェンジ。その結果二重性を感じていたフィットネスの仕事を手放し、それに執着していた自分自身の種にも気がついた。

さらに、家族との対話、特に夫との対話が大きく変わった。今まで羊の皮を被った狼のように、家族のためだからと自分のエゴで家族を利用しコントロールしてきたことに気がつき、危険すぎる自分に猛省した。夫も変わり、正直に自分の気持ちを話してくれるようになり、優しくなり笑顔が増えた。

後期になると、いかに自分の中でヨガの自発的な学びが足らず、他力本願であるかに気づく。そして未だに自分へ周りへの対話が足らず、腰痛から右足の痺れを引き起こすなど、文字通り痛感。そしてそれを治してくれるのもヨガだとまた実感。痛みのない右足と腰、ヨガに、本当に感謝した。

そして、このヨガの効能を、私を待ってくれている不調を抱える地域の仲間にも伝えたいという思いが突き抜け、まだまだな自分にはこれからはもっともっと自発的に、持続性を持ってヨガを学び続けなくてはならないのだという気持ちに自分でも驚くほど大きく変わった。

スタートはこれから、でも大丈夫、心から信じられるマスター、円さんがいます。頼もしい先輩も助け合える仲間もいます。自分の足で、確実に正しいヨガの道を歩いていこうと思います。yasu

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