ヴィジョンオブヨガを受講して~2015広島~⑨

「良い本の定義とは?」

「ページをめくるのが早いのが良い本ではない、自分の人生を変えさせる本が良い本だ」とマスター。

流行りの啓発本はどんどんページが進んだ。そして読後には決まって「よし、がんばるぞ!実践するぞ!」とやる気(のみ)を起こさせてくれた。人生訓を説いた本もページを繰る手が止まらなかった。「そっかあ、そういうふうに考えれば楽になるんだ」と何度も癒してもらった。けれどもどれひとつとして自分を変える「座右の書」とはならなかった。

ヨガにおいてもマスターと出会う前はワークショップ・ホッピングを繰り返し、何人もの先生の指導を受けた。どの先生も魅力的だった。教え方も上手く「よし、あんなポーズができるようにもっとがんばるぞ!」とやる気を起こさせてくれたり、「私もヨガを続けてあんなふうに癒し系のオーラを醸し出す人になりたい!」と目標にしたり。まさに「ヨガ」というタイトルを冠した本を片っ端から手にし、ページをどんどんめくるように次から次へとワークショップに参加した。

そしてちょうど1年前の11初めてマスターのWSに参加。

この時の衝撃を一言で言えば「えっ、これがヨガだったの?」。マスターの教えるヨガは、身体の痛みを取るヨガだった。というより、ヨガで身体を痛めることは絶対にありえないのだ。

約半年後の2回目のWS。マスターのフローに初挑戦。でも途中でフローをやめてマットに座り込んだ。WS後に夫と一緒にマスターにご挨拶に行くと、「自分を変えなくちゃいけないよ。でないと彼(夫)がこれからも苦しむよ。」

マットの上での私の態度から私という人物を見通していたマスター。潜在意識に押し込まれ自分すら気付かなかった自分の姿を引っ張り出されたようだった。この衝撃波はものすごく、自宅への帰路、涙と頭痛となって尾を引いた。

マスターの教えるヨガは、自分と向き合う勇気を与えその方法を示してくれる。時に心の痛みも伴う。

成功した自分の姿を描かせてくれる自己啓発本のように、ポーズの完成形だけを目指す自己満足型ヨガを選ぶのか。それとも心の痛みを克服して人生を、自分を変える行動につなげてくれる本=マスターが伝える古典ヨガを選ぶのか。

去年偶然に手にした本のまえがき(WSの案内文)を読んでこの本の購入を即決。Vision of Yoga 2015@ 広島を修了した今、この本は座右の書となり、私は今、過去を手放し、将来を憂えず、今を生きるために心と身体の訓練を続けている。yumiko

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