ヴィジョンオブヨガ2015-16を受講して⑮

20日間やりきれるか心配でしたが、まずは終えたことにホッと一息しています。

前期は辛いなと感じることの方が多く、楽しめる余裕は全くありませんでした。

課題でもあったトゲ探しが思いのほか辛かったこと。今まで、嫌なことには目を背け逃げてきたこと。考えるということをしてこなかったこと。楽な方へ楽な方へ逃げていたこと。楽観的でいる方が楽だと思っていたけどそれはただ逃げていただけだったといゆうこと。今までのツケがまわってきたかのように、受講前には考えもしなかった辛くて苦しい前期の10日間でした。

 

前期を終えてからマスターの仰っていたことを頭の中で考えるようになって、自分のこと、そのときそのときの感情、どうしてわたしは怒っているのだろう?とか嫌な気持ちになっているんだろう?とか今まで気に留めることのなかった事に少し立ち止まって考えるようになりました。

 

そして、環境をいくら変えても自分が変わらなければなにも意味がないと、初めてその意味を痛感しました。まずは今の自分を私自身がちゃんと受け入れて愛すること!そうしないとなにも始まらないということに気づいたはずなのに…できていないとゆうことは理解できていないということですね…。

 

わたしはとにかく人前に出ることが苦手で、すごく緊張をして本番に弱く、そんな自分が嫌だと思っていながらも、他のところでヨガのインストラクターの資格をとりました。

そこの講義の中ではもちろんみんなの前に出て誘導したり大きな声を出したりする練習もしました。プレゼンや人前に出ること、自己紹介、とにかく嫌で嫌で仕方なかった…

 

VOY後期の最後の日のテストももちろん駄目駄目でした。でも、終えてからやはりわかったのは、そういう状況を作り出しているのは自分自身で、自分で自分を追い込んでいるんだということ。それは人からの評価を気にしているから、いい風に思われたいとか期待に応えたいとか、自分のためじゃなく人からどう思われるかとゆうことに囚われて自分を苦しめていたということ。

 

そして、20日間終えて数日経った今の今でもそれを痛感しています…。流されやすく軸がブレている自分というものを実感しました。人からの評価を気にして自分を飾ったり、流行りのものを敏感にキャッチしたり、愛されたいと思う寂しさを間違ったカタチで武装しているんだな、わたしってこんな風なんだなと改めて感じました。

 

なんのために20日間VOYを受けたんだろうって情けなくなって恥ずかしくなりました。友人のひとりにわたしはVOYを受けた意味がないと愚痴をこぼしたら、“それでいいんだよ、きっと今でのあなたはそんな自分にも気づかずにいた。だけど気づけたんだから”と励ましてもらえました。

それは“生きるのが面倒臭い”と最近ボヤいていたかなりダメ人間なわたしには有難い言葉でした。

過去は過去。昨日の自分に今日を体験させるな!

 

せっかちな私はたくさんのことを得ようと欲張りになっていました。集中すること、自分をおろそかにしないこと、向き合うこと、考えること、俯瞰すること、少しずつだけど本当に小さな小さな一歩だけど逃げてばかりだったあの頃よりは立ち向かえてる、そう思います。

 

なので、これからも学び続けたいと思うし、マスターとまどかさんに出会えて、VOYと出会えて受けることができて、そしてVOYを受けなければ出会えなかった人たちがいて、ヨ

ガという繋がりに感謝しています。

ありがとうございました。

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