ヴィジョンオブヨガ2015-16を受講して⑯

私は、ヴィジョンオブヨガを受ける決断をするまで、とても時間がかかりました。

チラシやフェイスブックなどの案内によく出てくる一文にいつも自問自答していたのです。

それは、自分と向き合う覚悟ができているか、でした。

日々の暮らしのなかで、自分を変えたいと思う反面、自分と向き合うのが怖かったのです。

 

しかし、20日間を終えた今は、思い切って受講して良かったと思っています。

 

前期は、普段の苛立ちや怒りなどは自分のエゴから生まれてくるということを、自分の過去から考えさせられました。情報としてではなく、納得できたと思います。私が前期に学んだことはこれだけでした。

ただ、これが今後生きていくうえでとても重要なことであり、人生を楽しく幸せにするものであることも感じています。なので、私にとって前期は思考を変えることができた10日間でした。

 

しかし、中期ではそれを実践するのは容易なことではなかったです。ヨガとは何かを問い続けながら、課題を出来ずに悶々としていた時期もあり、そういう自分は家族を犠牲にしているのではないかと思ったりしました。

課題をやれない、やらないことに対して色々と考える毎日でしたが、言い訳を探していただけなのかなと今は思います。

 

色々な思いが錯綜しながら後期を迎えましたが、前期と後期で一番変わったのは子供でした。前期と、中期中にあったシニアヨガTTCを受講した際は、子供が幼稚園に行かないと愚図り、大幅に遅刻してしまった日が何度かありました。

ところが後期になると、幼稚園に送っていった時に、ママも行ってらっしゃい、と涙をこらえて言ってくれました。ヴィジョンオブヨガを受けずに以前の私のままで毎日を過ごしていたらどうだったのだろうと、考えずにはいられませんでした。

 

子供はあっという間に成長します。もしかしたら、私がヴィジョンオブヨガを受けてなくても、甘えの時期から成長しただけという一言で片付けられるかもしれません。

でもなんとなくですが、主人とも前のように笑って話すことが増えてきたことも、義父母が後期中に子供の面倒を快く見てくれたのも、自分が少しずつ変われていたからかなと思いたいです。

 

私は初めから、ヴィジョンオブヨガでアサナの指導法を学ぶために来たわけではなく、自分と向き合うために、意志の弱い自分をなんとかしたいという思いから受講を決めたのですが、やはり他人任せでした。最終的には自分であることを認識させられ、そして今まだぬるま湯から出られずにいる自分がいます。

 

私は、マスターが大切なお母様が危ないと分かっていながらもご自身のやるべきことを全うされた姿を見て、このような師から学ぶ準備ができていたのだろうかと改めて考えました。

自分を変えたいと思っていても、やはり情報が欲しかっただけなのではないか。そう思うと自分が情けないような、マスターに申し訳ない気持になります。

 

20日間を終えて、これで終わりではなくここからがスタートであり、ヴィジョンオブヨガを私の中でイベントとして終わらせないように、ちょっとずつ、ちょっとずつでもぬるま湯から足を出して進んでいきたいと思います。

 

マスター・スダカー、円さん、皆様、スタートラインとなる貴重な時間をいただき本当に有難うございました。

マスター・スダカーのお母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。16

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