安曇野リトリート(3)

ヨガを始めて、私は幸せになっているだろうか。。

マスターのもとで学び始めて2年、たくさんのことを教わったけれど、果たして今の私は本当に幸せだろうか。

「練習さぼってるから動かない。。きついなぁ。。」

そんなことが頭をかすめながら安曇野でマスターのフローを受けていました。

心の声が聞こえてしまったのか、フローが途中で中断されました。

 

「君たちはなんのためにヨガをしているの?」

マスターからの問いにみんなの動きが止まります。

柔軟な体をもっていても眉間にしわ寄せて鋭い目つきでとなりのマットを睨んでやしないかしら。

自分より柔軟な人を見ては、私だってと体を痛めつけてやしないかしら。

二度と味わうことのできないこの瞬間を楽しまず、比較や期待ばかりの自分にグサリとつきささる。

 

あぁ、今の自分がそうなんだと気づいたらなんだかフッと肩の力が抜けた。

そういう気づきは初めてでないのに、また同じようなことを繰り返している。

結局のところまた快適ゾーンにいたのだな。そうしたらニヤリと笑顔になっていました。

楽しもうと思った。感じようと思った。

この体を信じようと思ったのは初めてだった。そうしたら体は思ってる以上に動いてくれました。

 

マスターがおっしゃるように 、全てもっている。この小宇宙という肉体の中にあるんだと。

それを出そうとしていなかっただけ。信じていなかっただけ。

弱いマインドに飲み込まれて負けていたんです。

以前に聞いた「問題を自分より大きくしてはいけない」という言葉が思い出されて 少し分かったように気がしました。

それが分かったら、こんなにも笑顔で楽しく自由に動く体があるじゃないか!と笑いながら転げながらフローを楽しんでいました。

 

日常生活でも大きな壁が立ちはだかったり、荒波が押し寄せてきたりするでしょう。

そんな障害に唖然として立ち尽くすでなく、乗り越えれないと否定的にとらえるでなく、壁をただ壁として見る目をもって、どうやって乗り越えるか考えていこう。

乗り越える術はきっともうこの手の中にあるのだから。

 

人生という冒険はいろんな障害がやってくるけれど、経験なくして成長はなく、どんな顔で乗り越えていくかでこれからが変わっていく。

乗り越える力は十分にもっているらしい。マスターは私を信じてくださるのに、私が私を信じていなかっただけなんだ。

どうせだったら笑顔で乗り越える自分でありたい。。いや、笑顔で乗り越えてゆこう!!

だって私たちは幸運にもマスタースダカーに出会えているのだから。

そして共に切磋琢磨しながら波を超えている大切な仲間たちがいてくれるのだから。

初夏の安曇野の風が私の背中を押してくれました。azumino3

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