2017.2.12 アートオブティーチング大阪

盲点。

それだけで痛い言葉。

本当にお前は見ているのか?見るべきものを見過ごしているだろう?と突きつけられている気がする。

WS参加を決めてからずっと考えた。見ているつもりで満足していないかと。時には深く考えることが怖くて逃げてしまったり、ごまかしたり、分かるはずないと諦めたり…

 

冒頭のお話、手っ取り早く喜ぶからと家族にはジャンクフードを出し、自分だけ健康に良いものを食べるような事をしていないか?

自分は一生懸命ヨガを学ぶが、生徒にはウケのいいもの、スマートなものを与えていないかと。

 

私は曇りのない目で一人ひとりに向き合っているだろうか。その人の人生までも預かるつもりで向き合っているだろうか。

その前に要る物と要らないものは識別出来ているのだろうか。

いつまでもお腹が硬く、腰が硬いのはまだまだクビレやぺったんこのお腹に執着心があるんだな。

このままではこの執着心を感染させてしまうのに。なんで人は痩せたがるのだろう。こんなに動きを制限することになるのに。

 

そんな事を考えているうちに、マットの上でと指示が。

次から次へ動く。立ったり座ったり、あっち向いたりこっち向いたり…シャバーサナを経てマスターが「これがマンダラだよ。あちらこちらの面を活性化させていく。頭が真っ白だろう。これが今を生きると言う事だよ。」

 

やっぱり見抜かれている。その後のデモもしっかり見る事、そして後から考えて咀嚼することと言われた。その物を見る事も身体に叩き込む事も私には足りてない。

 

午後からはアジャストのクラス。アジャストはアート、その人から湧き出る愛なんだ、と仰る。

?と思う間にラーマヤーナのお話に。

グルに自分をアジャストしているか。それが出来てからの生徒さんへのアジャストがあると。

 

都合よく、ヨガを引き寄せようとする自分。それで指導者たり得るのか。

一にも二にも私にはプラクティスしかないんだと、体も心も無心に使っていくしかないんだと思う一日だった。

 

夜、子どもたちをWSに誘ってみた。これまで誘ったことはなかったからちょっと勇気が要った。拒否。私、まだまだだなぁ。

image

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中