2017.6.17 飯能ワークショップ(1)

この日のワークショップ前半のタイトルは「ヨガの基礎的な練習法の基礎」。

どんな動きの基礎練習をするのかなと思いを巡らせていると、マスターはもっと根本的な「ヨガの基礎」について話を始められた。ヨガの練習における基礎の基礎は、今までに身につけてしまった思考の癖を手放すことだとおっしゃった。

 

人や物事を「ありのまま」に捉えることは難しい。というよりできないと言ったほうが適切かもしれない。初対面の人にも「きっとこの人はこういう人じゃないかな」と、過去に出会った人たちの情報と照合し、その情報をパズルのピースを組み合わせるが如く、しかも瞬時に組み合わせ、会ったばかりの人の人物像を頭の中で作り上げる。

まだ体験していないこと、未知のことについても「ああ、きっとこういうことだから用心しなきゃ」と言って心配し始める。そんな思考の癖。それは言い換えれば「過去の体験の呼び出し」であり「思い込み」に他ならない。

私は目の前に居る人を過去の目で捉えていないだろうか。私が今体験していることははたして本当に今の私が体験しているのだろうか。過去の私に体験させていないだろうか。

 

ヨガとは思考すること。マスターはそう教えてくださった。私は思い込みを手放し、思考しているだろうか。せめて思考しようとしているだろうか。

思考することは難儀なことだ。グーグルで検索すれば即座に欲しい答えを手に入れられることに慣れてしまった今となっては、ますます考えることをしなくなっている。

・・・と書いているこの文章もマスターがおっしゃった、いや正確に言えばマスターがおっしゃったことを、通訳のまどかさんの言葉を借りてコピーしているに過ぎない。フェイスブックやブログで投稿するとき、レッスンを受けに来てくださる生徒さんに向けて話をするとき、聞いたこと、メモしたことをそっくりそのまま伝えるオウムになってはいまいかと、あらためて思い至る前半だった。

 

後半は「内臓機能改善の為のウッタナパーダーサナフロー」。

1時間にわたって一度も足を降ろさせないマスターのフロー。見事にきつかった!けれども3月のWS@東京でダヌラーサナが見事なフローになり、このWSも前々から楽しみにしていた私は「きつい!でも楽しい!」1時間を過ごした。

どちらかというと地味なウッタナパーダーサナがあれほどバリエーションに富んだ練習になるのだと伝えられるのは世界中でマスター・スダカーしかいないのではないだろうか。だとすると、飯能WSに参加した90余名は幸運を手にした人たちだった。

1/840万のアサナに特化しそれをフローに仕立てるマスターのフロー。

次の1/840万はウシュトラアーサナ。9月の埼玉が楽しみだ。

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