2018.12.15 ハタヨガ基礎講座年末スペシャル“ヨガ的浄化”@京都(1)

『ヨガの浄化的な練習法の基礎』
浄化したい、と意気込んで参加すれどそうはいかないのがマスタースダカー。
「そもそも、その浄化とは?」「私達には浄化が必要なのか?」「では不純ということか?」
そんないつも使わない頭の部位をフル回転。考えさせられる質問から始まったWS。
日頃考えているつもりで考えていない。もしくは好きな事だけを考えこんでいる私。そんな思考の癖に気づき、自分のマインドを探る。滑稽で情けなくて、でも面白くて愛おしい私を知る旅の始まり。何度も繰り返し、根気強くマスターは教えてくださいます。小難しいスートラでなく、私達に身近な小話を混じえあの手この手で、でも確信をついたお話をしてくださいます。
わかっている、知っている、と思いがちだが、それを実践しているのとは大違い。

『ヴィアガラーサナークリアフロー』では、弱い自分がむくむくと湧き上がる。もうこの辺で…という悪魔の囁きと、もう少し‼️という声とが、入れ替わり立ち替わり飛び交う。日々自分がどう思うか、よりも人からの評価を気にして過ごしてきた。本当に気にするべきなのは、自分自身の声に耳を傾ける事なのに。しかしフローが終わると、自然と体が喜んでいるのがわかった。きつかったはずなのに、その余韻は全く無く、軽やかさだけが残っていた。それは身体だけでなく、マインドすらスッキリしていた。

『シンマーサナと瞑想』では、“手放す”というとても重要な資質の具体的な方法を教わることができた。「わかっている、だけど…でも…」そんな言葉ばかりを選ぶでなく、少しずつ不要な物を手放したい。長年握りしめていたこだわりや思考の癖を手放し、軽やかに生きたい。教わった事を実践し続け、一皮むけた新しい自分になりたいと心に決め帰宅したのでした。

総勢およそ125名が集まった師走の大乗寺。それは師走だから浄化する、でなくこれからの人生の永遠の糧となる、濃密な1日だった。この奇跡に感謝し、やるべき事をしようと心に決めたのでした。

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