2019.3.17 ハタヨガ基礎講座@広島(1)

マスターのシグネチャーアサナ、ヴィヤガラーサナがテーマのWSも捨てがたいけれど、マスターから学ぶ太陽礼拝のWSはやはり見逃せない。太陽礼拝、スリヤナマスカーラ、Sun Saltation。世界各地で呼び名が異なり、多少の動きの違いはあっても太陽礼拝を知っているすべての人に、マスターから太陽礼拝を学ぶことをお勧めしたい。私がマスターに初めて出会ったWSも太陽礼拝がテーマだった。

太陽礼拝の動きの美しさで有名な先生もいるけれども、マスターが太陽礼拝のデモをしてくださることはない。太陽礼拝について考えたこともないような問いかけからスタートする。マスターと出会う以前、太陽礼拝について考えたことがなかったわけではない。けれどもそれは「なんで太陽礼拝って呼ばれるんだろう」程度のもの。考えたというよりは気になっただけ。汗をかくための太陽礼拝、慣れてくれば先生の指示に迷わずついていけるヨガの練習、お手軽にヨガをやっている気にさせてくれる一番楽しい練習だった。いつしかそれに「太陽」がついていてもいなくてもどうでもよくなり、最初に感じた「なんで太陽礼拝なんだろう?」というちょっとした気付きの種も消え失せた。だからマットに立つよりも何よりも、まずは太陽の資質について考えさせるマスターとの出会いは、それまで知っていたヨガがヨガでなくなった日だった。
この日の広島WSでも太陽の資質について問うたマスター。太陽は憐みを施さない。日照り続きだからと言って太陽光線をゆるめてやろう、とはならない。それはつまり、全てのものに対して太陽は公平であるということ。ヨガをしている人として他者を自分と同じように扱いなさい、マスターはそうおっしゃった。
公平であるということは「好き」も「嫌い」もない。そんなときに感情の揺れはなく安定している状態で、peacefulな状態、平穏な状態だともいえる。そしてそんな状態の人のところに人は集まる。「平和は蔓延する」とマスターは表現されていた。帰りの新幹線の中、そんなマスターの言葉を広島という土地に重ねながら、なんとなく優しい気持ちで帰路についた。WSの前日入りして観光した広島で実に多くの外国人に出会った。戦禍の痕跡を見るために、というよりも平和な状態にある広島に来たかったんだろうな。広島でマスターの太陽礼拝を学んだ意味を考えた。FB_IMG_1554537675241

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